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2008年6月

2008年6月28日 (土)

上賀茂神社

源氏物語の葵の上と六条御息所の車争いの場面で賀茂の神社が出てきたところで、上賀茂神社に残る和歌を紹介します。

「ほととぎす声待つほどは片岡の 森の雫に立ちや濡れまし」紫式部

ほととぎすの声を待つというのは、恋人を待つという意味で使われているようです。片岡の森のしずくに濡れながら朝まで待っていようという歌です。紫式部はここで誰かを待っていたのか、それとも源氏物語の筋を考えていたのか、わかりませんがこのあたりの森を見ているとタイムスリップしたような不思議な感覚に襲われます。
数年前この神社を訪れたとき、受付にいた若い巫女さんに「紫式部が和歌を読んだ森はどのあたりですか?」、と聞いたのですが、「はー???」という答えでした。後で宮司さんに聞くと丁寧に教えてくださいました。
写真は数年前に行ったときに撮ったものですが、この橋の向こうの方の森だそうです。

Kamikamo1 Kamikamo3

上賀茂神社にはもうひとつすばらしい和歌が残っていますね。百人一首ににものっている藤原家隆の歌です。
楢(なら)の小川は上賀茂神社の中を流れています。

「風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける」従二位家隆 

Kamikamo2

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2008年6月26日 (木)

源氏物語(葵)

いよいよ六条御息所(六条のみやすどころ)の怨霊登場です。待ってました!というわけではないのですが好きなところです。

六条御息所は光源氏から冷たくされ、それでも賀茂の祭りのパレードに出る源氏を一目見ようと出かけると、葵上(あおいのうえ)の車に押しのけられて、車を壊されひどいめにあってしまいます。あまりのくやしさに生き霊となって身重の葵の上にとりつき、源氏にせまります。葵の上を救おうと、僧や修験者などがものすごい加持祈祷をするなかで、怨霊が現れる壮絶な場面です。

「嘆きわび空に乱るるわが魂(たま)を 結びとどめよしたがひのつま」葵の上(実は六条御息所の生き霊)

嘆き悲しんで空にさまよっている私の魂を、なんとかつなぎとめておいて下さい、という意味です。“したがひのつま”は着物の下前の褄(つま)のことで、といっても私もよく知らなかったのですが、家内に聞いたところ裾の部分の内側になっているところの端の方だとか、

これがなぜ怨霊に関係あるかというと、この時代には下前の褄を結ぶと、魂が戻るという言い伝えがあったそうで、御息所も自分の魂をなんとかしてほしいと、源氏に言いよったのでしょうね。

自分でも気がつかない内に生き霊となってしまう御息所は、なんとなく哀れで同情してしまいます。源氏物語に出てくる女性の人気投票では、この御息所は結構上位に入るそうですが、私も好きなタイプです。ちょっとこわいけど・・・

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2008年6月22日 (日)

源氏物語(花宴)

源氏物語(花宴)

さて、光源氏と頭中将が舞った華やかな宴も終わり、夜も更けました。弘徽殿のあたりにこっそりひそんでいた源氏は、若い女の「おぼろづきよに~にるものぞなき~」と口ずさむ声を聞いて、突然その女の袖を引っ張り一夜を明かしてしまいます。
この女性が朧月夜の君。実は日頃から源氏のことをよく思っていない弘徽殿の女御の娘で、後々大変なことに・・・。

このとき朧月夜の君が歌っていたのが、
「照りもせずくもりもはてぬ春の夜の おぼろ月夜にしくものぞなき」大江千里・新古今集

この歌は紫式部が作った歌ではなく大江千里(おおえのちさと)の歌です。春の夜の、明々と照っているのでもなく、曇っているのでもなく、おぼろな月にまさるものはない、という意味です。この場面にピッタリですね。
紫式部は「しくものぞなき」を「にるものぞなき」と少しやわらかい口調に変えています。

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2008年6月21日 (土)

京都紀行その5(平安神宮)

源氏物語を訪ねる旅の最後は平安神宮です。
平安京の中心というべき大極殿。源氏物語では六条御息所が姫君とともに伊勢へ下向する場面で描かれています。
現在の平安神宮はその大極殿を8分の5のスケールで再現したものだそうです。ということは当時は現在の2倍くらいの規模だったということですから大変なものです。一目見た方はそのすごさがお分かりいただけると思います。神苑もすばらしく花菖蒲も見ごろでした。

Heiankyou Heiankyou3 Heiankyou2_2

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せっかく来たのだからと、おみくじを引いて帰ることに、筒を振ると中から番号の書かれた棒が出てくる。出てきた棒には4番の文字が・・・いやな予感・・・受付の巫女さんに番号を言うと、予想通りの“凶”!

「すべての災いは己の奢りから来るものである。何事も信心するべし、云々」というようなことが書かれていた。失せ物:出ず、病:長引く、商い:損をする、ことごとくひどい。お産:安し、これだけがいい。
まぁ、日頃から調子に乗らず、反省して生活しろということで、いい戒めかなとなっとくした。

しかし、この直後、恐ろしいことが・・・

朝から暑い中歩き続けて、のどはカラカラ、お腹もすいてきたということで、近くのうどん屋に入った。そこで冷たいうどんとビールを注文する。
が、な・なんと 「すいませんビールが冷えてないんです・・・」 それを唯一の楽しみに歩いてきた私は、めまいがしそうだった。なんとかしろと言いたいところだったが、これも神様のお告げかと・・・。

出されてきた、手で持てないほどの熱いお茶で喉をうるおした。

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以上、源氏物語を訪ねた京都の旅はここまでです。もっと行きたいところは沢山ありましたが、お金と体力が持たないので・・・でも十分に源氏物語の世界に浸ることが出来た二日間でした。旅行記にお付き合いいただいたかたありがとうございました。

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2008年6月20日 (金)

京都紀行その4(渉成園)

2日目の最初は渉成園、東本願寺の近くにある庭園です。

光源氏のモデルだったといわれている源融(みなもとのとおる)の六条河原院の一部であったと言われています。

奥州塩釜の景色をそのまま造らせようと海水を運ばせたとか、すごい逸話が残っています。当時はさぞ豪華なものだったのでしょう。

この屋敷も源氏物語に出てくる六条院のモデルだったという話もありますが、実際に行ってみるとそれもうなずけるみごとな庭園です。ここは絶対お勧めです。

例によって百人一首が出てきますが、源融の歌があります。

「陸奥(みちのく)の信夫(しのぶ)もぢずり誰(たれ)ゆゑに 乱れそねにし我ならなくに」河原左大臣

「しのぶもぢずり」というのは福島県に伝わるしのぶ草で染めた染物で、その乱れた模様を自分の心にたとえて、あなたのせいで私の心もみだれているという意味です。光源氏がいいそうなセリフです。

この屋敷も後には荒れ果て、恵慶法師の歌も詠まれます。

「八重葎(やえむぐら)しげれる宿の淋しさに 人こそ見えね秋は来にけり」恵慶法師

百人一首のこの歌は、この屋敷を詠んだもので、八重葎は雑草です。光源氏の栄華もひと時の夢ということでしょうか。

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2008年6月19日 (木)

京都紀行その3(蘆山寺)

源氏物語を訪ねる旅、次は蘆山寺(ろざんじ)。
紫式部が源氏物語を書いたという所です。そんなに大きなお寺ではないのですが桔梗が植えられている庭がいい雰囲気でした。ここで書いたのか、と思うと感慨深いものがありました。

百人一首に入っている紫式部と娘の大弐三位の歌碑がありましたので、ちょっと鑑賞してみましょう。

「めぐり会いて見しやそれと分かぬまに 雲隠れにし夜半の月かげ」紫式部
訳:せっかく会えたのに、よくわからないうちに隠れてしまった月のようにすぐに分かれてしまうのですね。p.s.相手は彼氏ではなくて女友達だったそうです。

「有馬山ゐなのささ原風吹けば いでそよ人を忘れやはする」大弐三位
訳:有馬山から風が吹くとソヨソヨと音がするといいますが、私はあなたのように人を忘れることはありませんよ。
こちらのほうはなかなかやって来ない彼氏に対する皮肉がこもっています。娘の方もなかなかのものです。

この時代、源氏物語の内容とは違ってどうも女性が強いような気がするのですが、私だけかなぁ。

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2008年6月18日 (水)

京都紀行その2(源氏物語絵巻)

御所を出ると予定にはなかったのですが、偶然目の前に相国寺の美術館の「源氏物語絵巻錦織展」の案内板がありました。せかっくなので入っていこうと思いブラリと入ったのですが、これが大変なものでした。源氏物語絵巻を織物で織ってあるのですが、言葉では言えないほどすばらしい。
山口伊太郎という方が30年以上の歳月をかけて作ったということです。思いがけずすばらしいものを見ることができました。着物好きのうちのカミさんも大満足のようでした。源氏物語千年紀ということもあって京都の町を歩いているといいことにめぐり会えます。
ホームページがあったので紹介しておきます。

http://www.itaro-genji.com/index.html

写真は自分で撮る事が出来なかったのでホームページからです。

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2008年6月16日 (月)

京都紀行その1(御所)

年は源氏物語千年紀。何としても京都へは行っておきたいということで先週末2日間、行ってきました。今回は源氏物語を訪ねるという目標を持って計画をたてたのですが、日頃の運動不足もあり目標全部というわけには行きませんでしたがそれなりに収穫はありましたので、少しづつ紹介していきたいと思います。

最初は京都御所、時間があったので周りを散策と思い歩き始めたのですが、ひろすぎ~~~!というわけで最初からヘロヘロ!おまけに暑い!

しかしさすがは御所、光源氏がいてもおかしくない雰囲気がそのまま残っています。1時間ほどかけて回るのですが疲れも忘れます。

まずは紫宸殿(ししんでん)、源氏の元服の儀式やその他公式行事はここで行われます。向かって右側には左近の桜、左側には右近の橘。雛祭りにも飾るらしく、女の子なら誰でも知ってると家内は言ってましたがほんとかなぁ。

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そして清涼殿、「紅葉賀」で懐妊していて紫宸殿へ行けなかった藤壺のために源氏と頭の中将が青海波を舞ったのが清涼殿の前の庭、その時の光景が浮かぶようです。でもあの御簾のなかにずっと座っているのも結構大変だったでしょうね。

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2008年6月11日 (水)

万葉集の木簡2(源氏物語より)

「安積香山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の 浅き心を我が思はなくに」陸奥国前采女(みちのくのくにさきのうねめ)・万葉集

安積香山の影が映る山の泉のような浅い心を私は持っていません。釆女は宴会のときこの歌を詠んで怒っていた王様の機嫌をなおしたとか。
そんな深い意味はないようですが、山が映る泉を自分の心にたとえていて、この歌も声に出して読んでもきれいな歌だと思います。

で、この「あさかやま~」の歌と前回紹介した「なにはづの~」の歌をふまえて、源氏物語を読んでみます。

以前紹介した。光源氏が若草の君(後の紫の上)をさらってくるところです。
源氏の強引な態度に乳母の尼君はオロオロしています。

「おもかげは身をも葉なれず山桜 心の限りとめて来しかど」光源氏

まだ10才の女の子にこんな歌を送ってくる源氏に尼君は困り果て、
“姫はなだ幼くて手習い初めの[難波津]の歌さえ満足に書きつづけられないのですから・・・
 「嵐吹く尾上の桜散らぬ間を 心とめけるほどのはかなさ」”

と返事をします。嵐が吹いて散ってしまう峰の桜の散らないような短い間だけ心にとめただけの気まぐれなのでは?という意味です。

そんな返事をもらった源氏ですが、簡単には引き下がりません。僧都(そうず)や尼君達は薄気味悪いとまで言っています、完全にストーカーです。

源氏はまた歌を送ります。

「あさか山浅くも人を思はぬに など山の井のかけはなるらむ」光源氏
どうして山の井の影のように私からはなれていくのかと、あさか山の歌を引用します。

結局、源氏は若草の君をさらっていくことになるのですが、このあたり今回木簡に書いてあったとわかった2首が見事に引用されています。こういう和歌を散りばめながら源氏物語は書かれていきます。和歌を通して読むと源氏物語のすばらしさがよくわかりますね。それにしても紫式部の才能には驚きます。

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2008年6月10日 (火)

万葉集の木簡

先日、滋賀県の紫香楽宮跡から出土した木簡の両面に和歌が書かれていたことが判明!
というニュースが流れました。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080522/acd0805222015006-n1.htm

紀貫之が古今集の仮名序で対にして紹介しているのがこの歌です。この2首を紀貫之が勝手に対にしたという説もあったようですが、それより150年前に実はセットで読まれていたということがわかったわけです。木簡の表と裏に書かれていたのですから疑いようはありませんね。
それに安積香山の歌は万葉集に載っている歌なのですが、この木簡は万葉集の完成する以前のものらしく、これも大変な発見のようです。

「安積香山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに」
「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」

「なにはづに~」の歌ですが、どこかで聴いたような記憶があったのですが、調べてみると百人一首の競技カルタをするときに必ず初めに読む歌なんですね。
私は競技カルタはしたことがないのですが、私の持っている百人一首のゲームソフト、起動するとこの歌を必ず詠むんです。それで聞いたことがあったんですね^^;

意味は、難波津(大阪湾のほうかな)に咲いた花(梅の花)、冬篭りしていた花も春が来た今は盛りとさいていることだ。
咲くやこの花を繰り返していて、声に出して読んでもなかなかいい歌です。奈良時代、どんなふうにこの木簡が読まれていたのかと想像するとなんだかワクワクしてきます。

この2首、実は源氏物語にもセットで出てきます。長くなったのでこの後は次回に・・・

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2008年6月 7日 (土)

源氏物語(紅葉賀)

物語が前後しますが、末摘花の次の帖です。
光源氏と頭中将(とうのちゅうじょう)が帝と藤壺の宮の前で「青海波(せいがいは)」という舞楽を舞います。源氏の舞はこの世のものとは思えない美しさでした。実はこの時藤壺の宮は源氏との密通で懐妊しています。源氏は平静ですが、藤壺のほうははらはらものです。

「もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の 袖うち振りし心知りきや」光源氏

あなたのことを思って舞うこともできないほどなのに、あなたはこの心を知っていますか。と、藤壺に歌を送りますが、

「から人の袖振ることは遠けれど 立ち居につけてあはれとは見き」藤壺

藤壺のほうは、帝に気づかれては大変と、ありきたりの歌を返します。
唐の人が舞ったとは聞きますが、あなたの舞はすばらしいものでした、というような意味です。
冷静なようですが、本当の夫である帝と、愛する源氏を前にして心の中はどんなだったんでしょうか?それにお腹には源氏の子が・・・

イラストは例によってアゲマキさん作です。したたかで美しい源氏の雰囲気がよく出ていますね。

Mono

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2008年6月 6日 (金)

見習いインストラクター登場

うちの教室に見習いインストラクターが登場しました。マイクロソフトのICTマスターという初心者・シニア向けのインストラクター資格を持っています。

たまに教室に現われますがかわいがってやってください。

Sasagawa

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2008年6月 5日 (木)

源氏物語(蓬生)

少し飛んで、源氏が末摘花を訪ねる場面です。長い間、訪ねなかった屋敷には、蓬(よもぎ)が深く生い茂り、付き人も老女一人を残して誰もいなくなり、屋敷もボロボロという状態ですが、源氏はそれを知って、自ら雨の中、草をかき分け進んでいこうとします。従者の惟光(これみつ)はあわてて源氏の前を棒で草をかき分けながら進みます。光源氏が服の裾を濡らしながら草むらの中に入っていくというのは、高貴な身分であることを考えると信じられない光景です。

「たづねてもわれこそとはめ道もなく 深き蓬のもとの心を」光源氏

“みずからでも訪ねていって問おう、深い蓬にうもれていたあなたの深い心を”

この後、源氏はたいそう手厚く気遣いし、屋敷を修理したり、贈り物をしたりし、そして二条東院へ招き入れます。末摘花をバカにして去っていった従者たちは恥ずかしい思いをして帰ってくるということになります。
このあたり、やりたい放題の光源氏もこういうけなげな女性は大事にするという面もあり、感動的なシーンです。
写真は国宝源氏物語絵巻の復元模写の一部です。

源氏が蓬の中を分け入っていく姿が描かれています。

Yomogiu

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2008年6月 3日 (火)

源氏物語(末摘花)

会ったこともない女性に心惹かれてしまう、というのはこの時代の常であったらしいのですが、それにしても一夜を過ごした後に初めて顔を見た、というのですから今では考えられないですね。

それでこの末摘花の姫君、あくる朝、顔をみてみるとなんと大変な不細工。すごいこと書いてあります。座高が高い・顔が長い・鼻が長い・鼻の先が赤い・・・!

光源氏はガッカリして、この歌を詠みました。

「なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖にふれけむ」光源氏

“すゑつむ花”とは紅花のことで姫君の鼻とかけています。“なつかしき”は心ひかれるという意味ですから、「心ひかれたわけでもないのに、なんでこんな女の袖にふれてしまったんだ」、という失礼な歌です。

でもこの後長い間忘れられていた姫君はずっと待ち続け、そこを訪ねた源氏は、その後ずっとこの姫君を大事に扱い、結局とても幸せな人生を送ることになります。女性は器量ではないと、紫式部はいいたかったのかな。

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2008年6月 2日 (月)

百人一首暗記ソフト

しばらく前から百人一首の暗記に挑戦しておりますが、「3日で覚える本」をもってしても未だに全部覚え切れません。そこで自分用にソフトを作ってやってみております。

せっかく作ったので皆さんにも使ってもらえればうれしいので、ダウンロードして使ってみてください。たわいもないソフトですが上の句と下の句を別々に表示させる機能とどれだけ覚えたかがわかる機能が付いています。

マイクロソフトのアクセスで作ってありますので、アクセスをお持ちでない方はアクセス2007のランタイムが無料でダウンロードできますので、それをインストールすると動きます。

使ってみられた方は感想でもいただけるとうれしいです。

もちろん無料です。

ダウンロードページ http://homepage2.nifty.com/ktps/download.html

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