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2008年6月11日 (水)

万葉集の木簡2(源氏物語より)

「安積香山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の 浅き心を我が思はなくに」陸奥国前采女(みちのくのくにさきのうねめ)・万葉集

安積香山の影が映る山の泉のような浅い心を私は持っていません。釆女は宴会のときこの歌を詠んで怒っていた王様の機嫌をなおしたとか。
そんな深い意味はないようですが、山が映る泉を自分の心にたとえていて、この歌も声に出して読んでもきれいな歌だと思います。

で、この「あさかやま~」の歌と前回紹介した「なにはづの~」の歌をふまえて、源氏物語を読んでみます。

以前紹介した。光源氏が若草の君(後の紫の上)をさらってくるところです。
源氏の強引な態度に乳母の尼君はオロオロしています。

「おもかげは身をも葉なれず山桜 心の限りとめて来しかど」光源氏

まだ10才の女の子にこんな歌を送ってくる源氏に尼君は困り果て、
“姫はなだ幼くて手習い初めの[難波津]の歌さえ満足に書きつづけられないのですから・・・
 「嵐吹く尾上の桜散らぬ間を 心とめけるほどのはかなさ」”

と返事をします。嵐が吹いて散ってしまう峰の桜の散らないような短い間だけ心にとめただけの気まぐれなのでは?という意味です。

そんな返事をもらった源氏ですが、簡単には引き下がりません。僧都(そうず)や尼君達は薄気味悪いとまで言っています、完全にストーカーです。

源氏はまた歌を送ります。

「あさか山浅くも人を思はぬに など山の井のかけはなるらむ」光源氏
どうして山の井の影のように私からはなれていくのかと、あさか山の歌を引用します。

結局、源氏は若草の君をさらっていくことになるのですが、このあたり今回木簡に書いてあったとわかった2首が見事に引用されています。こういう和歌を散りばめながら源氏物語は書かれていきます。和歌を通して読むと源氏物語のすばらしさがよくわかりますね。それにしても紫式部の才能には驚きます。

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コメント

このようなことが現実に行われていたのでしょうか?

投稿: 豪腕プチリンコ | 2008年6月11日 (水) 12時21分

光源氏はこの時は帝のご子息ですから何でも許されたと思います。
源氏物語はほんの一握りの貴族のお話ですから、普通の人たちはどんな生活をしていたんでしょうね。

投稿: かず | 2008年6月11日 (水) 14時32分

トントン・・・

失礼仕る

予 常州友部の里に住まふ
ともべのあかひと と申す者なり

「青海波」にて検索するに
ここにたどり着ける

嗚呼

万葉や源氏の美しき歌の世界にして
感動の極みなり

いとすばらし

予も
ブログにて
源氏物語をときにひもとく者なり

今 末摘花まで仕上がりて
次なるは紅葉賀なれば

氏の記事を
大いに参考とならんとおもへば
うれしとこそおもへれ

以後宜敷願上候段

かくのごときに御座候


頓首 再拝

投稿: あかひと | 2008年6月15日 (日) 14時06分

ともべのあかひと様、コメントありがとうございます。

貴殿のブログ、拝見させていただきました。すばらしい短歌と写真に感銘いたしました。
源氏物語の記事も読ませていただきました。すばらしいです。次は「紅葉賀」ということで楽しみにしております。源氏が「青海波」をまったという清涼殿や紫宸殿等、写真に収めてきましたので、紀行文に載せたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

私のほうは源氏物語や和歌をいかに楽しく読むことが出来るかというところを目標にしておりますので、気楽に遊びに来ていただければうれしいです。

投稿: かず | 2008年6月16日 (月) 09時29分

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