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2008年7月

2008年7月30日 (水)

源氏物語(関屋)

蓬生は前に紹介していますので、ひとつ進んで関屋です。

ここでは光源氏が石山寺に参詣する途中、逢坂の関で空蝉とすれ違います。前の明石の君とすれ違ったパターンに似ていますが、男女の仲は偶然の出会いとか、すれ違いがドラマになるようです。

源氏は、空蝉には珍しく振られていますが、また性懲りもなく歌を送ります。

「わくらばに行きあふみちを頼みしも なほかひなしや潮ならぬ海」光源氏
“わくらば”は偶然に、“かひなし”はどうにもならないという意味で、海ではないから・・・貝がない・・・甲斐がないとかけているのかな?
偶然行き会ったけれど、会うことも出来ませんね、海でもないので逢う甲斐もありません。という感じでしょうか。

「逢坂の関やいかなる関なれば しげきなげきの中を分くらむ」空蝉
逢坂の関なのに会うことができないのですね、草の茂れるなかで嘆いています。

一度は源氏のことを振っているのですが、ずっと忘れられないでいたようです。源氏のことなんか大嫌いなんていうのは、あの弘徽殿の大バ・・・じゃない、大后くらいでしょうか。

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2008年7月25日 (金)

みをつくし2

百人一首には“みをつくし”を使った歌がもう一首あります。

こちらは女性の書いた歌ですので、どこかけなげな雰囲気です。

「難波江の芦のかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋ひわたるべき」皇嘉門院別当

歌会で作った歌で、お題は「旅先の宿で契った恋」だったそうです。どんな一夜だったのでしょう?

ここでも田辺聖子さんの名訳を引用させていただきます。

「難波の海辺のあの仮寝
波はひたひた
芦はさやさや・・・
あなたと過ごしたあのひと夜
芦の一節ほどの
みじかくもはかない契り
あのかりそめの恋ゆえに
あたしは 身を尽くして
あなたをあれからずうっと
恋しつづけなければ
ならないのかしら」

ちょっと補足しておきますと、“難波”と“みをつくし”は縁語なので一緒に出てきます。
芦(あし)は芦の節が短いことから、あっという間という意味もあります。

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2008年7月24日 (木)

みをつくし

源氏物語のタイトルにもなっている澪標(みをつくし)ですが、

古語辞典で引いてみると、“水脈(みを)つ串し”、船の水路を示すための杭であると書かれています。水の中で耐え忍んでいるようにみえるのでしょうか、これが身を尽くすと掛けことばになっています。

この言葉が光源氏と明石の君の和歌のやり取りでとても効果的に使われていますね。

このとき源氏は『今はた同じ難波なる』と口ずさみますが、これは百人一首にも入っている次の歌です。

「わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞおもふ」元良親王

元良親王は京極御息所と不倫の恋に落ち、この歌を読みました。(言っておきますが源氏物語の中の話ではありません、事実です。)

この歌のすごさは、私が訳したのでは伝わらないと思いますので、田辺聖子さんのすばらしい訳文を引用させていただきます。

「人は私を指さしてそしる
不倫の恋に狂う痴れ者と・・・
世間の目に咎められ
もはや あなたに逢うことも
ままならぬ世のおきて
あなたを恋うて物狂おしく
悶々の日々
ええい もはや同じこと
噂が立ったいまは
難波のみおつくしではないが
身をつくして 破滅しても ままよ
あなたに逢いたい
逢わずに措くものか」
(田辺聖子の小倉百人一首:角川文庫より)

と、こうなります。

参考までに、三省堂の古語辞典のみをつくしのイラストです。
ちなみに大阪市のシンボルマークはみをつくしです。

Miotukusi_2  Oosakashi 

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2008年7月23日 (水)

源氏物語(澪標)

源氏に冷たい仕打ちをしたせいで悪いことが起きると思い込んでいた帝は源氏を許し、源氏は都に帰ることになります。弘徽殿の大后はまだ許す気にはなれないようですが。源氏の地位はますます高くなります。

そのうちに明石の君は出産し(もちろん源氏の子)、紫の上の気持ちは複雑です。

そんな時、住吉神社に参詣した源氏の一行と、明石の君が偶然、鉢合わせしてしまいます。源氏のあまりにも豪勢な一行を前にして、明石の君一行はすごすごと帰ってしまいます。
それを聞いた源氏は、使いをやって澪標(みをつくし)の歌を送ります。

「みをつくし恋ふるしるしにここまでも めぐり逢いける縁(えに)は深しな」光源氏
“身を尽くして恋い慕ってきたかいがあって、ここでめぐり合うことが出来ました”

「数ならでなにはのこともかひなきに などみをつくし思いそめけむ」明石の君
“数のうちに入らぬ私なのに、どうして身を尽くして慕ってきたのでしょう”

光源氏が住吉に詣でるとなれば、大変なものだったのでしょうね。難波の海は源氏の船団であふれかえっていたのでしょう。明石から細々とやってきた船など、入る余地もなかったのかもしれません。

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ブログ記事一覧

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過去の記事をご覧になりたい方や、源氏物語の記事を初めから読んでみたい方はご利用下さい。

ホームページ「和歌を訪ねて」

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2008年7月22日 (火)

源氏物語(明石)

須磨に流れた源氏は、嵐にあったりと災難に会いますが、明石の入道に誘われ、入道の屋敷に居候します。

そこでもまたいつもの悪い癖が、ここで明石の君の登場です。父親の入道も娘を何とか源氏に添わせたいと思っております。これでは断る理由もないわけで・・・。

「むつごとを語りあはせむ人もがな 憂き世の夢もなかばさむやと」光源氏

“愛の言葉を語り合う人がいれば、悩みの多いこの世の夢も覚めてしまうでしょう”

「明けぬ夜にやがてまどへる心には いづれを夢とわきて語らむ」明石の君

“明けることのない夜に惑える私の心は 夢か現実かもわかりません”

と、またキザな歌を送っています。

この明石の君、田舎の娘にしては気品があり背も高く、六条御息所にも似たタイプで、源氏はもうメロメロです。それにしてもかわいそうなのは都でひたすら待っている紫の上です。

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2008年7月20日 (日)

越前紀行

福井県、越前の方へ出かけてきました。福井の友人に越前そばの店を紹介してもらって行ったのが武生の「蔵の辻」、おいしかったです。そばの後に出てきたのがそば湯と大きな梅干、梅干をそば湯に入れて飲むという初めての体験。これもなかなかおいしかったです。

そば屋を出たところは蔵を利用したギャラリーやお店が並ぶおしゃれな一角になっていて、「源氏物語」というポスターが貼ってあったので、思わずはいると、源氏物語の屏風や百人一首等、おもに江戸時代のものが展示されていて、いいものに出会えました。

その後、近くの紫式部公園にちょっとより、南条の花はす公園へ。ハスは見頃で後ろの山々とマッチしていい眺めでした。

暑い一日でしたが、ひさしぶりに楽しいドライブでした。

Soba_2 Kura_2 Sikibu Hasu

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2008年7月17日 (木)

源氏物語(須磨)

弘徽殿の大后(こきでんのおおきさき)に朧月夜との密会が見つかってしまい、官位も剥奪され、流罪も免れない状況になった光源氏は自ら須磨に退去することを決意します。須磨といえば今の神戸市、京都からは目と鼻の先のリゾート海岸で水族館もあるし(私はいったことないのですが)楽しそうですが、この時代ではそうはいきません、島流しです。
あんまり島流しというと、須磨に住んでる方にはしかられそうですが、私の住んでる金沢あたりでも十分島流しだったでしょうね^^;

ともかく都を離れることになると、別れなければならない彼女達は大変です。中でも紫の上との別れはほんとに悲しい場面になります。

「生ける世の別れを知らで契りつつ 命を人に限りけるかな」光源氏
“生き別れなどというものがあるとは知りませんでした。命のある限り一緒にいられると思っていたのに”

「惜しからぬ命にかへて目の前の 別れをしばしとどめてしがな」紫の上
”私の惜しくない命に代えても、この別れを少しでも引き伸ばしたい”

と、私なりに訳してみました。紫の上は、けなげにももう少し一緒にいられるのなら死んでもいいと言っています。
さすがの光源氏もこの別れはつらいものだったと思います。

この場面も、朗読するにはいいところです・・・norikoさん、よろしく!

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2008年7月16日 (水)

ちょっと一息

妙におもしろいブログパーツです。

http://nenahc.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_5854.html

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2008年7月12日 (土)

朗読のお誘い

朗読担当のnorikoさんが、8月2日に金沢の朗読小屋「浅野川倶楽部」で朗読をします。

石川県の民話を朗読しますので、興味のある方はぜひお出かけ下さい。

浅野川倶楽部 http://asanogawaclub.web.fc2.com/

Asanogawa_2

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2008年7月11日 (金)

源氏物語(花散里)

葵、賢木の帖では、怨霊は出てくるは、藤壺は出家してしまうは、朧月夜との密会も見つかってしまうしと、大事件が続きましたが、この花散里の帖はチョット一息つくところです。この後はまた須磨・明石と大変なことになって行きますので・・・、

「橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞ訪ふ」光源氏

「たちばなのかをなつかしみほととぎす はなちるさとをたづねてぞとふ」

こういう歌は、仮名で書いて声に出してみると味わいがあります。“橘の香りを懐かしんで来たほととぎすのように、私も橘の花の散るこの里を訪ねてきました。”

“はなちるさと”という響きもいいですね。

この歌は故・桐壺院の女御・麗景殿(れいけいでん)を久しぶりに訪ねて送ったものです。源氏はその後、妹の三の君を訪ね、この君が後に花散里の君と呼ばれます。

うちのカミさんが源氏物語占いをしたら、「花散里と出たんだけど花散里ってどんな人?」と聞くのですが、「ん~~~一言ではいえないよな~」としか答えられないほど、物語では詳しく書かれていないのですが、源氏から見ると、一番頼りにしているというか、そばにいるとホッとするような女性だったようで、後に玉蔓や夕霧の娘の養育をまかされたり、六条院にも迎えられたりして手厚い待遇を受けます。

なんとなく雰囲気は伝わってきますが、うちのカミさんが花散里・・・??

http://www.genjidaigaku.jp/uranai/index.asp

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2008年7月 9日 (水)

源氏物語(賢木)2

この賢木(さかき)の帖ではいろいろなことがおこります。六条御息所の伊勢への旅立ちに始まって、次は藤壺の中宮が突然出家します。

藤壺は夫である帝の実の息子源氏の子を産み、その子がまた源氏に瓜二つであるという現実に耐えかねたのか、誰にも相談せず出家を決意します。いくら源氏でも出家した相手とはもう男女の仲ではいられません。

御息所に続いて藤壺までも離れていってしまい源氏もかなりショックをうけたようです。

「月のすむ雲居をかけてしたふとも この世の闇になほやまどはむ」光源氏

あきらめきれない源氏は藤壺にこんな歌を送り、“澄んだ世界に憧れようとも、この世の闇に惑うこともあるでしょう?”と未練がましいことを言っていますが藤壺の決意は変わりません。

この頃の源氏はいいことがありません、それにこの後、朧月夜の君との密会が右大臣に見つかってしまいます。右大臣は朧月夜の父、日頃から源氏を目の敵にしている弘徽殿の大后(おおきさき)は姉。これは最悪の状況です。

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2008年7月 4日 (金)

源氏物語(賢木)

はからずも生霊となって葵上に獲りついてしまった六条御息所は、斎宮に命ぜられた娘と共に伊勢へ下る決意をします。そんな御息所ですが源氏はさすがに気になり伊勢へ立つ直前に野々宮を訪ねます。
源氏と年上の御息所がかわす和歌は大人の恋というか、いい場面です。
「野宮」という能はこの場面からきています。この中でも御息所は怨霊で登場するようですが、御息所のファンとしてはなんだかかわいそうな・・・

一夜を明かした源氏と御息所が分かれるかなしい場面です。

「暁のわかれはいつも露けきを こは世に知らぬ秋の空かな」光源氏
あなたとの別れはいつも涙で濡れていたが、今朝こそは今までになく悲しい朝です。

「おほかたの秋の別れもかなしきに 鳴く音な添へそ野辺の松虫」六条御息所
たいがい秋の別れというものは悲しいものですが、野辺の虫もお願いだからさらに鳴かないでください。

京都嵯峨野のうっそうとした竹林の静寂がこの場面を盛り上げます。

昨年、行ってきましたがゴールデンウィークだったため歩けないほどの人ごみで、うようよいるギャルに混じって家内と縁結びのおみくじを引いてきました。
くれぐれもゴールデンウィークにはいかないように!

Nonomiya
静かな竹林の写真を撮りたかったんですが、なにしろ山のようにいるギャルと人力車まで走っているという状態でこんな写真しかありませんdespair

どなたかいい写真お持ちじゃないですかー

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2008年7月 2日 (水)

源氏物語(葵)2

六条御息所の怨霊で少しは懲りたのか、光源氏はあちこちの女性の所へかようのはさすがにひかえていたのですが、そのかわり・・・? 自分のところに連れてきていた紫の上と初めて男女の仲になってしまいます。この時源氏は22才、紫の上は14才。
突然のことに紫の上は大ショックで寝込んでしまい、源氏は枕元に歌を書いて置いておきます。

「あやなくも隔てけるかな夜をかさね さすがに馴れし夜の衣を」光源氏

なんとなく意味不明なあやしい歌ですが、“あやなくも”は“どうしてだか”、“さすがに”は“やはり”と古語辞典には書いてありますので、
どうしてだかこれまでは何もしない夜を重ねてきて、もう夜の添い寝には慣れたでしょう。とでも訳せばいいのかな?ちょっと意味不明ですが、源氏はこれが普通なんだよとでもいいたかったのでしょうか。

それからしばらくは口も利いてもらえず、なだめすかすのに大変だったようですが、そんなところがまたかわいい、などとのんきなことを言っている源氏です。

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