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2008年7月17日 (木)

源氏物語(須磨)

弘徽殿の大后(こきでんのおおきさき)に朧月夜との密会が見つかってしまい、官位も剥奪され、流罪も免れない状況になった光源氏は自ら須磨に退去することを決意します。須磨といえば今の神戸市、京都からは目と鼻の先のリゾート海岸で水族館もあるし(私はいったことないのですが)楽しそうですが、この時代ではそうはいきません、島流しです。
あんまり島流しというと、須磨に住んでる方にはしかられそうですが、私の住んでる金沢あたりでも十分島流しだったでしょうね^^;

ともかく都を離れることになると、別れなければならない彼女達は大変です。中でも紫の上との別れはほんとに悲しい場面になります。

「生ける世の別れを知らで契りつつ 命を人に限りけるかな」光源氏
“生き別れなどというものがあるとは知りませんでした。命のある限り一緒にいられると思っていたのに”

「惜しからぬ命にかへて目の前の 別れをしばしとどめてしがな」紫の上
”私の惜しくない命に代えても、この別れを少しでも引き伸ばしたい”

と、私なりに訳してみました。紫の上は、けなげにももう少し一緒にいられるのなら死んでもいいと言っています。
さすがの光源氏もこの別れはつらいものだったと思います。

この場面も、朗読するにはいいところです・・・norikoさん、よろしく!

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コメント

歌で会話ができる。素晴らしい時代だったのですね。

投稿: 豪腕プチリンコ | 2008年7月17日 (木) 19時54分

*お詫びと訂正*
朗読担当からチェックが入りまして、光源氏と紫の上の歌を取り違えていたようです。訂正しましたので、昨日読まれた方はすみませんがもう一度お読み下さい。 m(__)m

>プチリンコさん
自分の気持ちを歌で表現するのは、簡単ではないですよね。この時代も和歌の素養をつけるために小さいときからかなり勉強したようですが、今の日本人も古典に学ぶところは多いと思います。

投稿: kazu | 2008年7月18日 (金) 09時30分

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