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2009年1月

2009年1月31日 (土)

伊勢物語

二条の后の「こおれる涙」の歌のところで、在原業平とのスキャンダルの話をちょっとだしましたが、伊勢物語にその部分がありますので紹介します。

『男が何年も思っていた女をさらって逃げ出し、芥川というとこまできて夜が更けたので女をそこにあった蔵に押し込み、自分は外でみはっていた。
ところが、実はそこは鬼の住みかで男が気付かないうちに女は一口で食われてしまった。』
という話です。

この男が在原業平、女が藤原高子(二条の后)で、駆け落ちをしたが結局見つかり連れ戻されたというのが真相のようです。

女が男に草の上の露を「あれは何?」ときく場面があり、女が食われた後男は、
“その時あれは露だと言って自分は消えてしまえばこんなに悲しまずに済んだのに”
と思って読んだ歌が、

「白玉かなにぞと人の問いし時 露と答えて消えなましものを」 伊勢物語より

在原業平、なかなかの美男子でプレイボーイだったようなのですが、このスキャンダルで出世が遅れたということです。高子の方は後に皇太后とまでなります。
今では考えられませんね。

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2009年1月30日 (金)

若菜つむ

前の記事からのつながりで光孝(こうこう)天皇の歌です。
百人一首にもはいっています。

「君がため春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ」 光孝天皇

この歌は訳す必要もないとおもいますが、詠まれたのは光孝天皇がまだ親王の時の歌で若い時です。君というのは誰だったのかはわかりませんが、思っている方でもいたのでしょうか。
まだ雪のちらつくころの若菜を摘んで食べるのは縁起のいいことだとされていたようです。

国文学者の金田元彦氏によると、光孝天皇は光源氏のモデルであり源氏マニアの定家は源氏物語の若菜の帖にちなんでこの歌を入れたそうです。
と、『田辺聖子の小倉百人一首』に書いてありました。

ということはかなりなイケメンだった?

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2009年1月29日 (木)

こほれる涙

昨日、今日と久しぶりに晴天の春のような日が続いています。
なかなかお陽さまの顔を見ることができない冬の北陸に住む者にとってはうれしいかぎりです。
でもまだ1月ですからね。春はまだまだですね。

「雪のうちに春は来にけり うぐひすのこほれる涙今やとくらむ」

二条の后、古今集

”雪に閉ざされた中でも春はくるんですね うぐいすの凍っていた涙も解けたのでしょうか”

うぐいすの涙が解けるという表現、すばらしいですね。
私なんかは想像もつきませんが、千年前から日本人はすばらしい感性を持っていたんですね。

二条の后は藤原高子という方で百人一首で有名な光孝天皇の皇太后です。
いろんなスキャンダルが残っていまして、在原業平と恋仲だったとか、僧侶と密通したとかいろいろあったようです。政略だったという説もあります。
うぐいすの涙が解けるというのも、なにかを含んでいるような気がしますが・・・

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2009年1月27日 (火)

小林秀雄:モオツァルト

今日(1月27日)はモーツァルトの誕生日だそうです。
時々音楽のことを書きたくなるのでこれを機に今日は音楽の話題です。

最近、小林秀雄の『モオツァルト・無常ということ』を読んでいます。
すいぶん昔に読んだ記憶はあるのですが、全く理解せずに読んでいたということが今になってわかりました。

この本の中の「無常ということ」や「西行」などもすばらしい名文なのですが、この「モオツァルト」を読み返してみて新たに感動しました。

ちょっと引用してみます。

『確かに、モーツアルトのかなしさは疾走する。
涙はおいつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。
空の青さや海の匂いのように「万葉」の歌人が、その使用法を
よく知っていた「かなし」という言葉のようにかなしい。
こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない』

文の間に楽譜が入っています。
ト短調クインテットK.516の出だしです。
私も最近このフレーズが頭から離れなくなりました。

Allegro_2

下のアマゾンのページで視聴ができます。5曲目です。

モーツァルト:弦楽五重奏曲第3番・第4番

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2009年1月26日 (月)

佐野のわたり

今日も雪が降り続いています。北陸ではこれが普通なんですけどね。

昨日紹介した定家の『駒とめて』と源氏物語の和歌ですが、雪の中を駒をすすめる雰囲気から匂宮が浮舟を訪ねるシーンを紹介したのですが、実際には薫が浮舟を訪ねるシーンが関連していますので、誤解の内容にこの部分も紹介しておきます。

東屋の帖で薫が三条の家に浮舟を訪ね、雨の中を外で待たされている時に口ずさむ歌です。

「わりもなく降りくる雨か三輪が崎 佐野のわたりに家もあらなくに」 長忌寸奥麿(ながのいみきおきまろ)

定家は万葉集のこの歌を本歌取りしています。紫式部はこの歌の「佐野のわたりに」という部分を薫に歌わせています。ですから定家は源氏物語を意識してこの歌を詠んだ。
ちょっとややこしくなりましたが、本当のところはどうなのかは定家さんに聞いてみないとわかりません。

しかし寒いです。この雪はいつやむのか・・・

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2009年1月25日 (日)

雪(源氏物語、浮舟)

今日はひどく雪が降っています。
『袖打ち払う影もなし』という定家の歌のようです。

定家は源氏物語から連想してこの歌を詠んだようですが、宇治十帖で匂宮が浮舟を訪ねる場面がぴったりくるような気がします。

浮船は雪の中、宇治まではるばる宇治までやってきた匂宮を愛してしまい、
薫との三角関係に悩みます。

「峰の雪みぎはの氷踏み分けて 君にぞまどふ道はまどはず」 匂宮
“峰の雪や水際の氷を踏み分けても道に迷うことはないけれど、君には心が迷ってしまう。”

雪の中の山荘で二人は朝まで愛し合います。
私なんかは寒くなかったのか、なんて野暮な心配をしてしまいますが源氏物語にはそんなことは書いてありません。

サイドバーの和歌は定家のものに替えました。

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2009年1月24日 (土)

アニメ 「源氏物語千年紀 Genji」

源氏物語のアニメの放送が始まりました。
ネット上では結構話題になっていますね。ブログ村のコミュニティーにもどんどんトラックバックが届いています。

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源氏物語

しかし、石川県では見られないweep
ので、まだ見ていません。

公式ホームページ
http://genji-anime.com/index.html

ホームページの画像です。これだけでも見たくなりますが、いつになったら・・・
Genji3

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2009年1月23日 (金)

渉成園

サイドバーの「おすすめの和歌」に背景画像をつけました。
写真は京都の渉成園で撮ったものです。
もとの写真はギャラリーに置いてありますのでご覧ください。
http://wakaotazunete.cocolog-nifty.com/photos/genji/

渉成園は光源氏のモデルとも言われている源融(みなもとのとおる)が作った庭園です。
当時は大変な豪勢なものだったようで奥州塩釜の景色を作るために毎日何百人もの人夫に海水を運ばせたとかいうすごい逸話が残っています。源氏物語の六条院のモデルとなったとも言われています。

今は東本願寺が管理しており、なかなか風情のある庭園です。

その荒廃ぶりを歌ったのが、百人一首にでてくるこの歌です。

「八重葎(やえむぐら)しげれる宿のさびしさに 人こそ見えね秋は来にけり」 恵慶法師(えぎょうほうし)

八重葎とは雑草ですが、さびれてからもなかなかに風情のある庭だったらしく多くの歌人が集まっていたようです。

京都の中でも大好きなところです。あまり観光地化されていなくて静かに風情を楽しめます。

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2009年1月21日 (水)

比叡山

親鸞、慈円などは比叡山から出てきた僧です。比叡山といえば開祖はご存じ伝教大師最澄ですね。
この最澄も素晴らしい歌を詠んでいます。
仏教を基にした歌にはいい歌がたくさんあります。

新古今集に載っている有名な歌です。

「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)の仏たち わが立つ杣(そま)に冥加(みやうが)あらせたまへ」 伝教大師

この訳は私の拙訳より大岡信さんの訳をお借りします。

“アノクタラサンミャクサンボダイ
 み仏たちよ
 精魂こめてねがいたてまつる
 私の立つこの比叡の杣山に
 広大無辺の加護あらせたまえ”

と、こんな意味です。和歌もすばらしいですが、大岡さんの訳もすばらしいですね。
伝教大師が比叡山の根本中堂建立の時に読んだ歌です。
杣とは材木を切り出す山のことで、慈円の歌にも出てきますね。

先日紹介した慈円の歌は、この歌をもとにしています。
これまでに紹介した歌を見てもらうためにサイドバーに「おすすめの和歌」を作ってみました。一週間ぐらいで変えていくつもりです。

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2009年1月20日 (火)

法性寺入道前関白太政大臣

このなんとも長~い名前、読むのも大変ですが、(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだじょうだいじん)と読みます。
百人一首の中で一番長い名前。なんでこの人がでてきたかというと前の記事の慈円僧正のお父さんなのです。
やはり慈円、ただのお坊さんではありません。すばらしい歌人の血を引き継いでいます。
この人のことを説明すると『保元の乱』の話からしなければならないのですが、今はこの辺でやめときます^^;

この名前、実は夏目漱石の『吾輩は猫である』にも出てきます。苦沙弥先生が細君に一番長い字を知っているか?、と聞くと細君が『前関白太政大臣でしょう』と答える。さすが先生の細君です。

それはおいといて、

「わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波」 法性寺入道前関白太政大臣

一行ではおさまらないくらい名前が長いのですが、いい歌です。

“大海原にこぎ出でてみると 沖の方には雲とまちがうような白波がたっている 素晴らしい眺めだ”
なんとも雄大な歌ですね。

しかし名前がややこしい。
百人一首の歌人には、結構ややこしい名前があります。
定家さんも気を使ったのでしょうね。肩書きをはずすわけにはいきません。

今でもさきの○○大臣とか、さきのなんとか官房長官だとか、いっぱい肩書きをつけている人が・・・

p.s.百人一首の歌人名で読めないのが私もいくつかありましたので、ホームページのリストに振り仮名をつけました。
http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/hyakunin.html

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2009年1月19日 (月)

親鸞

中日新聞で五木寛之氏の小説「親鸞」が連載されています。
これがなかなかおもしろくて毎朝読むのが楽しみです。新聞の連載小説はこれまであまり続けて読んだことはないのですが、今回はもうやめられなくなりました。

今はまだ若い親鸞が比叡山で修業しているところ。慈円僧正のもとで苦しみながら悟りを開こうとしています。

親鸞は和歌はあまり残していないのですが、慈円は数多くの和歌を残しています。
先日紹介した百人一首の「おほけなく・・・」の歌は有名ですが、他にも素晴らしい和歌がたくさんあります。

新古今集から

「極楽へまだわが心ゆきつかず ひつじの歩みしばしとどまれ」 前大僧正慈円

『ひつじのあゆみ』とは屠所にひかれて行く羊の歩みの意で、死が近づいてくることのたとえです。
“私の心の修行は極楽には程遠い、私の死ぬべき歩みよしばしとどまってくれ”

心を打つ歌です。大僧正慈円であろうとも悟りを開くことが出来ず苦悩していたのですね。

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2009年1月18日 (日)

携帯用百人一首2

携帯用百人一首を少し更新しました。

・タグのミスを修正。
・デザインをちょっと変更。
・このブログの携帯版へのリンクを追加。

バージョンは1.2になっております。
携帯のお気に入りに入れている方はもう一度保存しなおすようお願いいたします。

QRコードはこちらにあります。
http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/k_hyaku_pc.html

QRコードが読めない方は下記のリンクをクリックしてご自分の携帯のメールアドレスにURLを送ることができます。
携帯にURLを送る

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2009年1月16日 (金)

歌会始

昨日15日に皇居で歌会始の儀がおこなわれました。
今年のお題は「生」。
皇族方の御歌からひとつ紹介します。

皇后さまの詠まれた御歌です。

「生命(いのち)あるもののかなしさ早春の光のなかに揺り蚊(ユスリカ)の舞ふ」

ユスリカとは群れになって飛んでいる小さな羽虫です。どこにでもいる小さな虫に命のはかなさを感じられたという、すばらしい歌だと思います。

宮内庁のホームページを見てみたら英訳が載っていてちょっとおもしろかったので紹介します。

How sad and dear
The creatures living their lives-
In early spring light
The midges dance, forming
An ephemeral column.

「midges dance」がユスリカの舞ですね。
「ephemeral column」は、はかないコラム?円柱?。
なんとなくわかるような気はしますが・・・

この歌で私は啄木の
「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと握れば指のあいだより落つ」
を連想しましたが、皇后さまがこの歌をふまえて作られたのかはわかりません。

来年のお題は「光」だそうです。私もひとつと思いますが、なかなか浮かびません^^;

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2009年1月13日 (火)

携帯用百人一首

百人一首くらいはスラスラ出てくるようにしたいと、いつも思っているのですが、
シニアになると覚えてもすぐに忘れるという繰り返しです。

なんとかならないかと思い携帯で常に持ち歩いてみることに・・・。

自分用に作ったのですが、どこでも見られるのでなかなか便利です。
よかったら皆さんもぜひ携帯の中に入れておいてください。

カメラ付きの携帯ならQRコードが便利です。
1ページになっていますので、一度アクセスしてお気に入りに入れておけば次からインターネットの料金はかかりません。

携帯用百人一首
http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/k_hyaku.html

Qrcode_k

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2009年1月11日 (日)

沫雪(あわゆき)

今日は雪もよう。寒い一日です。
万葉集から寒い歌を一首。

「沫雪(あわゆき)の庭に降りしき寒き夜を手枕(たまくら)まかず一人かも寝む」 大伴家持

“沫雪が庭に降っている寒い夜を 私はあなたの腕枕もなしに一人で寝なければならないのか。”
『沫雪(あわゆき)』とは泡のようにすぐ消えてしまう雪。
『淡雪(あはゆき)』は春先の消えやすい雪で、辞書にも別々に出ています。

いかにも寒そうな歌です。家持さんは誰の腕枕を期待していたのかな?

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2009年1月10日 (土)

和歌で読む源氏物語

ホームページの源氏物語の部分を書き換えました。

和歌の一覧に訳と簡単な説明をつけ源氏と薫の年令もつけました。
源氏物語を初めて読む方や、読み返しておられる方の参考になればと思います。

「和歌で読む源氏物語」
http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/genji.html

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2009年1月 9日 (金)

立山(長歌)

長歌をもう一つ、立山を歌っています。

立山(たちやま)の賦 大伴家持

「天離(あまざか)る 夷(ひな)に名懸かす 越の中 国内(くぬち)ことごと
 山はしも 繁(しじ)にあれども 川はしも 多(さは)にゆけども
 すめ神の 領(うしは)きいます 新川(にひかは)の その立山に
 常(とこ)なつに 雪降り敷きて 帯ばせる 片貝川(かたかひがは)の
 清き瀬に 朝宵ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや
 あり通ひ いや毎年(としのは)に よそのみも 振り放け見つつ
 万代(よろづよ)の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告げむ
 音のみも 名のみも聞きて 羨(とも)しぶるがね」

“都から遠く離れた越中の国で、山は多くあれど立山やそこから流れる新川や
 片貝川は神が治めていらっしゃる。
 その瀬には霧が立ち、山には常に雪が積もっている。
 万代の世まで語り伝えよう。まだ見ぬ人も羨ましがるように。”

“夷”は都から遠い田舎の方のこと。“羨しぶる”はうらやましいという意味。

私が訳すとパッとしない訳になってしまいましたが、この歌も何も考えず声に出してみてください。
その素晴らしさが分かると思います。

高岡の万葉歴史館にはこの歌碑があります。

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2009年1月 8日 (木)

富士山(長歌)

コメントで長歌の話題が出ましたので紹介しておきたいと思います。

万葉集には短歌と共にすばらしい長歌も多くあり、万葉集の魅力となっています。
前述の山部赤人の「田子の浦ゆ・・・」の歌も長歌とペアになっています。

「天地(あめつち)の 分かれし時ゆ 神さびて 高く貴(たふと)き
 駿河なる 布士(ふじ)の高嶺(たかね)を 天の原 振り放(さ)け見れば
 渡る日の 影も隠ろひ 照る月の 光も見えず
 白雲も い行(ゆ)きはばかり 時じくぞ 雪は降りける
 語り継ぎ 言ひ継ぎゆかむ 不尽(ふじ)の高嶺(たかね)は」

“天地の分かれた神の時代から貴い山だ、
 太陽や月、雲などもさえぎる高さで、
 季節を問わず雪が降り積もっている、
 後世に語り継ごう。”

「時じくぞ」とは季節を問わずという意味です。

意味はわからなくても声に出して読んでいるだけですばらしい歌です。
この歌の反歌として「田子の浦ゆ・・・」の歌が載っています。

Fuji

写真撮影はミノカサゴさん。http://blog.livedoor.jp/mo0311/

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2009年1月 6日 (火)

立山

富士山が出たので次は立山。
これで日本三名山がそろいました。

「立山に降りおける雪を常なつに 見れども飽かず神柄(かむから)ならし」 大伴家持

“立山に振り積もった雪を四季を通じて見ていても飽きないのは神の品格があるからだろうか”

『常なつ』は常夏ではなくて、四季を通じてという意味です。

富山の氷見市あたりに雨晴海岸というところがありますが、家持は越中赴任中ここから立山をよく眺めていたようです。
富山湾をはさんで見える立山はすばらしいものです。このあたりには高岡万葉歴史館などもあり、よく行きます。

写真は昨年写したものですが、海の向こうに立山連峰が見えます。

Tateyama

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2009年1月 4日 (日)

田子の浦に or 田子の浦ゆ ?

百人一首でも有名な富士山の歌。

「田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ」 山部赤人(新古今集)

“田子の浦まではるばる来てみると、富士山の高いところは真っ白になっている。今でも雪は降り続いているのだ”

この歌は実は万葉集には違った形で載っていて、よく読んでみると意味もかなり違ってきています。

万葉集では、

「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける」 山部赤人(万葉集)

“田子の浦ゆ”の“ゆ”がまず違いますが、これは“~から”“~を通って”という意味で、経由の由(ゆ)です。
となると”田子の浦に”ではここから富士山を見たという事になりますが、“田子の浦ゆ”ではここを通って富士山が見えるところまで出たという意味になります。

“雪は降りつつ”と“降りける”でもかなり違います。“つつ”では今も降っているという意味ですし、“ける”では降ったということになりますね。

“白妙の”と“真白にぞ”でもかなり違ってきます。

万葉集では、こんな意味になります。
“田子の浦を通って視界が開けたところまで出てみると、富士山の高いところには真っ白い雪が積もっていた”
いかにも万葉集らしい雄大な歌です。

それが新古今の時代になると歌の雰囲気も変わり、平安朝らしい優雅な響きになっています。これを改悪といって非難する人もいますが、新古今の時代にあわせて変えられた歌も私はすばらしいものだとおもいます。
富士山も万葉の時代は猛々しい活火山で、その後噴火も収まり優雅で女性的な山に変わっていたという見方もあります。

さて皆さんはどちらの歌がすきですか?

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写真は富士市在住のkanさんにお借りしました。 Kan's Room

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2009年1月 1日 (木)

新しき年 2009

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

「新(あらた)しき年の初めの初春の 今日ふる雪の いや頻(し)け吉事(よごと)」 大伴家持

1年前の元旦もこの歌を紹介しました。

家持は不穏な時代の中で、万葉集の最後にこの歌を詠みました。
今日は朝起きてみると外は雪、今年こそこの歌のように吉事が積もることを祈りたいと思います。

今年も出来るだけ多くの和歌を紹介していくつもりです。
またおつきあいいただければ幸いです。

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