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2009年5月

2009年5月30日 (土)

伊勢物語朗読「第九段」その三

猶行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。
その河のほとりにむれゐて思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわびあへるに、渡守、
「はや舟に乗れ、日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らむとするに、皆人物わびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。
渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」といふをききて、

「名にし負はばいざこととはむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

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2009年5月25日 (月)

伊勢物語「第九段」その三

この第九段は都(京都)から東京まで来てしまいますので、伊勢物語にしては長い段です。
都を遠く離れ一行ははるばる隅田川までやってきました。

そこで見かけない鳥がいるので、渡し船の船頭に聞いたところ「都鳥」だという。そこで一首詠みました。

「名にし負はばいざこととはむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」
“都鳥という名前なのなら聞いてみよう 都のあのいとしい人は無事にくらしているだろうか”

都鳥とはユリカモメのことらしいです。
何を見ても都の彼女が思い出されるといったところでしょうか。
この時代にここまで来たことを思うと、この歌はジンときますね。

写真は都鳥ではなくて、うちの裏にいるカルガモです。

Kamo2

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2009年5月19日 (火)

伊勢物語朗読「第九段」その二

行き行きて、駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つた、かえでは茂り、物心ぼそく、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり。
「かかるみちはいかでかいまする」、
といふを見れば見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。

「駿河なる宇津の山べのうつつにも 夢にも人にあはぬなりけり」

富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白うふれり。

「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか 鹿の子まだらに雪のふるらむ」

その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。

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2009年5月18日 (月)

伊勢物語「第九段」その二

東の方へ旅立ち、かきつばたの歌で涙を流した一行は、駿河の国までやってきました。
宇津の山のあたりの寂しいところまで来たところで知人の修業者と会い、都への手紙に歌を書いて託します。

「駿河なる宇津の山べのうつつにも 夢にも人にあはぬなりけり」

“うつつ”は夢かうつつかのうつつですが宇津の山にかけてあり、なかなか凝った歌です。
いとしい人は夢の中にも出てこないという内容です。

しかしこれをいったい都の誰に送ったのか、興味がありますね。
あの駆け落ちしようとした高子様には届くとも思えないし、ほかに思っている人でもいるのでしょうか?

もう少し進んで富士山の見えるところまできるともう一首詠みます。

「時しらぬ山は富士の嶺いつとてか 鹿の子まだらに雪の降るらむ」
“夏だというのに富士の嶺には、まだら模様に雪が積もっています”

都からはるばる旅してきて富士山を見て感動したのでしょうね、
この後には比叡山を二十ばかり積み上げた高さだと書いてあるので、よっぽど高く見えたのでしょう。
比叡山は848メートルなので×20で16960メートル!

わたしも東京へ行くときの新幹線の窓から見る富士山には今でも感動しますが。

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2009年5月13日 (水)

伊勢物語朗読「第九段」その一

第九段の初めの部分、「かきつばた」の歌を詠むところです。
原文を載せておきます。

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むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、あづまの方にすむべきくにもとめにとてゆきけり。もとより友とする人、ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。

三河のくに、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つわたせるによりてなむ、八橋とはいひける。その沢のほとりの木のかげにおりゐて、乾飯くひけり。その沢にかきつばたいとおもしろくさきたり。

それを見て、ある人のいはく、かきつばたといふ五文字を句の上にすへて、旅の心をよめ、といひければよめる。

「から衣きつゝなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ」

とよめりければ、みなひと、乾飯の上に涙おとしてほとびにけり。

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2009年5月11日 (月)

かきつばた:伊勢物語「第九段」

今日はさわやかに晴れたいい天気でした。
市内のほうに行く用事があったので兼六園へ行ってみました。
かきつばたが見頃でした。

かきつばたの和歌ということで伊勢物語です。

身分違いの女性に恋してしまった男は恋に破れ東国のほうへ旅に出ます。

前にも紹介しましたが、男は在原業平、女は藤原高子、第六段ではさらって逃げようとしますが鬼に食われてしまうという、すごい話になります。実は身内に連れ戻されたという話のようですが。

さて、東国へ友達と共に旅に出た男ですが、三河の国、八橋というところでかきつばたが咲いていたので、かきつばたという五文字を句の上に置いて歌を読めといわれて、読んだ歌。

ら衣 つつなれにし ましあれば るばるきぬる びをしぞ思ふ」
“から衣の着物が身になじんだような妻が はるばる来た今はしみじみと思われます”

この歌を詠んだところ同行の人たちは皆涙を流したということです。
即興でこんな歌をよむのですから、すばらしい!

写真は兼六園のかきつばた。

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2009年5月 8日 (金)

柿本人麻呂

ツツジの記事のコメントでgatayanさんが人麻呂の歌を紹介されました。
このブログではこの歌はまだ紹介していなかったようです。万葉集屈指の名歌といってもいいと思います。

「東の野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば月かたぶきぬ」 柿本人麻呂

なんとも雄大な風景です。
「かぎろひ」というのは日が昇る前に東の空が明るくなる現象だと思いますが、人麻呂はどんな光景を見たのかはわかりません。

しかしこの歌にこめられている思いは単なる風景をうたったものではありません。
前に紹介した草壁皇子の子の軽皇子と狩りに出たときの歌ですが、今から世にでようとする軽皇子と若くして亡くなった父草壁皇子を思って歌ったと思われますが、これはいろんな説がありこんな単純なものではないと思いますが・・・

この歌の前にはこんな歌があります。

「安騎の野に宿る旅びとうちなびき いも寝らめやもいにしへおもふに」 柿本人麻呂
“安騎の野に旅してみると昔のことが思い出され寝ることもできません”

寝ることもできなかった人麻呂の思いはどんなだったのでしょう。

詳しくは奈良在住のgatayanさんのサイトをぜひご覧ください。
万葉集・奈良の事が詳しく紹介されているすばらしいサイトです。

三友亭 http://gatayan.weebly.com/

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2009年5月 7日 (木)

ツツジ

ゴールデンウィークも終わりました。今回は遠くへでかけることもなく市内でのんびりとコンサートや花を見たり、のんびりと過ごしました。

きれいなツツジを見てきたのでいい和歌はないかと探したのですが、万葉集にいい歌がありました。

「水(みな)伝う磯の浦みの岩(いは)つつじ 茂(も)く咲く道をまたも見むかも」 日並皇子舎人(ひなしのみこ とねり)
“水の流れる岩につつじが咲き誇っているこの道をまた見ることができるでしょうか”

日並皇子とは草壁皇子のことで、皇子が亡くなった悲しさを使えていた舎人(とねり)が詠んだ歌です。
若くして亡くなった草壁皇子に何があったのか、私はあまり詳しくないのですが、なんだか血なまぐさい時代ですね。しかしこの歌は万葉集らしいおおらかな素晴らしい歌だと思います。

写真はツツジのきれいな、金沢市内の彦三(ひこそ)緑地というところ、見事でした。

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2009年5月 3日 (日)

ラ・フォル・ジュルネ金沢

今年もラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日音楽祭」が始まりました。
東京では「バッハ」、金沢では「モーツァルト」、

ということで、このゴールデンウィークはモーツァルト三昧です。
私が選んだメインのプログラムは、弦楽5重奏k.593、交響曲40番、ピアノコンチェルト20番ですが、演奏家も素晴らしく聞きごたえがあります。無料・有料の100をこえるコンサートや、青島先生のモーツアルト講座など、なかなか楽しめます。

まだ2日目ですが、まだまだモーツアルトに浸れそうです。

http://lfjk.jp/

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