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2009年5月 7日 (木)

ツツジ

ゴールデンウィークも終わりました。今回は遠くへでかけることもなく市内でのんびりとコンサートや花を見たり、のんびりと過ごしました。

きれいなツツジを見てきたのでいい和歌はないかと探したのですが、万葉集にいい歌がありました。

「水(みな)伝う磯の浦みの岩(いは)つつじ 茂(も)く咲く道をまたも見むかも」 日並皇子舎人(ひなしのみこ とねり)
“水の流れる岩につつじが咲き誇っているこの道をまた見ることができるでしょうか”

日並皇子とは草壁皇子のことで、皇子が亡くなった悲しさを使えていた舎人(とねり)が詠んだ歌です。
若くして亡くなった草壁皇子に何があったのか、私はあまり詳しくないのですが、なんだか血なまぐさい時代ですね。しかしこの歌は万葉集らしいおおらかな素晴らしい歌だと思います。

写真はツツジのきれいな、金沢市内の彦三(ひこそ)緑地というところ、見事でした。

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コメント

彦三緑地、浅野川大橋から近い所でしたよね。
私の実家からは、兼六園をはさんで、ちょうど反対側…。
子供を連れて実家に帰った時に、一度だけ行ったことがあります。

“私が金沢にいた頃には、無かった場所(多分?)”ですが…とても見事な花が…(^^♪
思い返せば、金沢もとてもスマートな変貌を遂げています(*^^)v

草壁皇子は、とても好かれた方だったようですね。
今回の歌も、控えめなとても良い歌ですね!(^^)!
望郷と良い“歌”に…、I’ll boost your rank up through my click.
【P.S.】 小学生の頃は、「ひこそう」と読んでいた記憶が…(笑♪)

投稿: Grayman Returns | 2009年5月 7日 (木) 19時39分

 草壁皇子は天武・持統の皇子で例の大津皇子のライバルだった存在です。最も彼にそんな意識は会ったかどうかはわかりません。凡庸な人物で、その分では大津から見れば大分見劣りしていたようです。
 お母さんの持統も気になって大津の抹殺を謀りました。
 けれども、そうまでして皇位への道を開いてあったのに病弱であった彼は皇位につくことなく世を去ったようです。ただ、人柄は穏やかで優しい性格の持ち主ではなかったのかと考える人も多いようです。
 人麻呂の「東の 野にかぎろひの・・・」はこの皇子を偲んででかけた狩りの時の作品です。

投稿: gatayan | 2009年5月 7日 (木) 21時26分

>Graymanさん、
私もこの公園は最近知りました。
そういえば昔は「ひこそう」といっていたかもしれませんね。
公園のなかにはツツジの資料館なんかもあってきれいに整備されています。

>gatayanさん、
やはりこの皇子の周りにはいろいろあったようですね。
人麻呂や他の舎人が惜しむ歌を詠んでいるということは、かなりすかれる人物だったようですね。
「ひんがしの・・・」の歌もそうなんですか、
少しこのあたりの歴史を勉強してみたくなりました。

投稿: kazu | 2009年5月 8日 (金) 00時06分

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