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2009年7月

2009年7月31日 (金)

源氏物語:匂宮

源氏物語の中では女性の立場から見ると薫よりも匂宮のほうがどうもファンが多いようですので匂宮の歌を紹介します。前回紹介した薫の歌の次に出てきます。

「いづくにか身をば捨てむと白雲の かからぬ山をなくなくぞ行く」 匂宮
“いったいどこに我が身を捨てたらいいのか、雲のかかった山をなくなく私は帰ります”

薫は浮舟と匂宮の関係を知って、浮舟のいる宇治の山荘の警護を厳重にします。それと知らずに浮舟に逢いに来た匂宮は浮舟に逢うことが出来ず泣く泣く都へ帰ります。
これを聞いた浮舟はますますこの三角関係に身の置き場がなくなり死の決意をします。

源氏物語の中にはかなしい場面が数多く出てきますが、私はこのあたりから浮舟が入水するまでの部分が一番悲しいような気がします。

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2009年7月28日 (火)

末の松山:浮舟

絶対に波が越えることはないという末の松山。
源氏物語にはその山を越えてしまったという歌があります。

浮舟の帖で、薫が浮舟に送った歌です。
薫は浮舟が自分を裏切って匂宮と密通していたことを知ってしまいます。

「波こゆるころとも知らず末の松 まつらむとのみ思ひけるかな」
“まさかあなたが心変わりしたとは思ってもみませんでした。私のことだけを待っているのかと思っていました”

歌にするとやんわりと非難しているようですが、この後に一言「笑い物にするな」と書いてあります。
これで浮舟は死を覚悟します。

かわいそうな浮舟ですが、薫もかわいそう。でもちょっと言い過ぎか・・・

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2009年7月27日 (月)

末の松山

前回、清原深養父(きよはらのふかやぶ)の歌を紹介しましたが、今回は同じ百人一首からその孫の、清原元輔(きよはらのもとすけ)の歌です。
百人一首は血筋がつながっている歌人が結構多いのです。

「ちぎりきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山浪こさじとは」 清原元輔

末の松山というのは、宮城県にある山で、海辺にありながら絶対に浪が越えることはないという言い伝えがある山で、
“涙で袖を濡らしながら心変りはしないと誓ったよね あの末の松山のように!”

という意味ですが、実はこの歌は代作で、元輔が代わりに読んであげた歌。
送られた女性は、どうも浮気をしていたらしく、それをサラリと上品にイヤミったらしく歌にしたようです。

さすがはいい血筋、この元輔の子供はなんとあの清少納言です。
ということはひ孫まですばらしい血を引いています。

今の政界も血筋を引いている人はいっぱいいるようですが・・・

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2009年7月24日 (金)

夏の夜は

今の時期、夜が明けるのは早いですね。
百人一首からです。

「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ」 清原深養父

“夏の夜はあっというまに明けてしまう 月もゆっくりとはしていられない、どこに隠れているのだろう”

月はいったいどこへ行ったのかと思ったら、太陽の前にいたんですね。
テレビでしか見ませんでしたが皆既日食、きれいでしたねー!神秘的です。

Photo

画像は国立天文台のサイトからお借りしました。
http://www.pr-naoj.jp/eclipse2009img/index.html

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2009年7月19日 (日)

万葉集に鰻

今日7月19日は土用の丑の日、全国的に鰻が売れる日です。

私も鰻が大好きで、今日の夕食は鰻かな?と期待しているのですが、うちで鰻が好きなのは私だけなので・・・

ところで日本人はいつごろから鰻を食べていたのかと思っていたら、今朝の新聞に万葉集の記事が載っていました。

なんと大伴家持が万葉集に鰻の歌を載せていたのです。

「石麻呂(いわまろ)に我物申す夏痩せに 良しといふものぞ鰻(むなぎ)捕り喫(め)せ」

石麻呂くんは、どうも夏痩せの体質だったらしく、鰻でも食って元気をつけろという歌です。

万葉の時代から夏バテには鰻だったようですね。ちょっとビックリ。

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2009年7月18日 (土)

伊勢物語「第九十五段」:彦星

伊勢物語はどこから読んでも楽しめます。物語もこの男の一生をほぼ追っているようですが、あまり気にしなくてもいいようなところもあります。

前回紹介した第10段は、恋に破れた男が旅に出て、性懲りもなく他の女に手を出すという話ですが、す~っと後に飛んで第95段では、またもあの藤原の高子姫が登場します。男が背負って逃げて、途中で鬼に食われてしまったというあのお姫様です。

男は二条の后(藤原高子)にしつこくいいよります。あまりの熱心さに几帳越しに会うことにします。
男はこのチャンスを逃すまいと歌を詠みます。

「彦星に恋はまさりぬ天の河 へだつる関を今はやめてよ」

“織姫を思う彦星よりも私の恋はまさっているのですよ 天の川のようなそのすだれはどけてください”

「やめてよ」はオカマ風に「やめてヨー」と言っているのではなくて、古文の命令形です。

この歌にコロッとまいってしまった高子姫は、
「この歌にめでてあひにけり」
で、この段は終わっているので、あとは想像におまかせします。

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2009年7月12日 (日)

天の海

夏の夜空を見上げていると、満天の星に三日月が浮かんでいる。
月を船に、雲を波に、星を林に見立てた雄大な歌です。

「天(あめ)の海に雲の波立ち月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ」 柿本人麻呂、万葉集

この歌を元にイラストレーターの“しまめぐみ”さんがすばらしい絵を書いています。
うちのパソコン教室の壁紙はすべてこの絵になっております。

Na_ame

http://waka.or.tv/utae/natu1.html

和歌とイラストのすばらしいサイトです。
和歌の総角(あげまき) http://waka.or.tv/

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2009年7月 7日 (火)

伊勢物語「第十段」

ひさしぶりに伊勢物語に戻ります。
恋に疲れて都から東の国へ旅に出た男ははるばる隅田川まできて、都を思い涙したというのが第九段。
そして男はさらに武蔵の国までたどりつきそこで女に求婚します。

なんで?

恋に疲れて旅に出たはずの男は、またまた悪い癖が出て性懲りもなく女に手を出そうとします。しかし、その女の父親はあまり興味を示さないようなのですが、母親は積極的です。

なんと母親が娘に代わって歌を詠みます。お母様は実はあの有名な藤原氏の出身で身分の高い男と見ると必死です。お父さんはごく普通の人で、娘を手放すのも嫌なのか、積極的ではありません。

「みよし野のたのむの雁もひたぶるに 君が方にぞよると鳴くなる」
“みよし野の田の面の雁が飛んでいくように あなたの方に心を寄せています”

母親が読んだ歌を送られた男は、がっくりした(とは書いてありませんが)、いちおう返歌を送ります。

「わが方によると鳴くなるみよし野の たのむの雁をいつか忘れむ」
“私のほうに心を寄せているという娘さんを どうして忘れることが出来ましょうか”

なにか心のこもっていないような・・・、
さてどんどん都から離れ旅する男(在原業平さん?)はいったいどこまでいくのでしょうか。

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2009年7月 3日 (金)

なかなか梅雨が明けません。大雨も困りますが雨もまた風流なものです。
雨とホトトギスが出てくる歌には名歌が多いようです。

「昔おもふ草の庵の夜の雨に 涙な添へそ山ほととぎす」 藤原俊成

これは白楽天の詩

  蘭省ノ花ノ時ノ錦帳ノ下
  廬山ノ雨ノ夜ノ草庵ノ中

を元にしています。

“華やかな昔を思うと 今の草庵の暮らしが侘しくなる
 この寂しい夜に ほととぎすよ泣いてくれるな”

といった意味です。
白楽天が都の友と草庵の自分を比べた詩を元に俊成は雨とほととぎすを入れて素晴らしい歌を詠んでいます。
さすがは俊成。定家のお父さんです。

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