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2009年8月28日 (金)

後鳥羽院:もの思ふ身は

百人一首の一番最後には二人の天皇の歌が置かれています。

九十九番は後鳥羽院。
鎌倉幕府の政治に反発し承久の乱をおこすが敗れ隠岐に流されました。
この歌はその前に作られたようですが、世の中の不条理に憂える気持ちが強く現れています。

「人もをし人もうらめしあぢきなく 世を思う故にもの思ふ身は」 後鳥羽院
“人をいとおしく、また恨めしく思い 世をつまらないと思っている私は・・・”

新古今集はこの後鳥羽天皇の勅旨により作られました。編集は定家です。
定家は百人一首をまとめるにあたり、非運の後鳥羽院と順徳院の歌を最後に持ってくることにより何を伝えようとしたのでしょうか。

それにしても悲しい歌ですね。

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