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2009年8月15日 (土)

藤原道長

千年前、源氏物語が書かれた頃は藤原道長の全盛期でした。
自分の娘を次々と天皇家に嫁がせるという策略が成功しもう怖いものはありません。

そして邸で催された宴席で詠んだ歌が、

「この世をばわが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば」 藤原道長
“この世はすべて私のもの この満月のように欠けることもないのだ”

なんという傲慢な恐ろしい歌でしょう。
そこに集った物たちはいやいやながらこの歌を一同で何度も歌ったということです。

前回紹介した三条院の歌と比べてみてください。同じ月を見ていても全く正反対です。

そして道長は紫式部に源氏物語の催促をします。たしかにこの力と財力がなければ、当時は和紙などもかなり高価なもので、普通はなかなか手に入らなかったようです。
しかし道長をもってしても紫式部には物語の内容まで指図は出来なかったと思います。

なんといってもタイトルが源氏物語です。藤氏(とうし)物語ではありません。
これは紫式部のこだわりだったのでしょうか。
これには諸説があるようですが、今となってはわかりません。

でも、道長と紫式部、どういう関係だったのか興味があるところですね。

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