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2009年10月

2009年10月25日 (日)

文屋康秀:秋の草木のしをるれば

百人一首にもどります。
秋も深まってきて寒い風が吹くころになりました。
こんな季節にピッタリなのが、

「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ」 文屋康秀
“山から荒々しい風が吹くと秋の草木もしおれてしまうことだ。だから嵐と言うのか。”

山風だから嵐だという軽いジョークですが、リズムもよくいい歌ですね。

文屋康秀(ふんやのやすひで)という面白い名前の人ですが、この人もプレイボーイだったらしく、三河の国へ赴任するときに小野小町を誘っています。

このときはどうもふられたようですが、
なんといっても小野小町は在原業平、僧正遍昭、とボーイフレンドにはことかきませんから・・・

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2009年10月17日 (土)

伊勢物語「第百一段」:その場の空気が・・・

前に紹介した中納言行平(在原行平)も、伊勢物語に登場します。

第百一段は行平さんの家でのお話です。

行平さんの家においしい酒があるということで、藤原良近(まさちか)というお役人を招待して宴会を開くことになりました。なんといってもこの時代に絶大なる力をもっている藤原氏です。
集まった人たちはなんとかこのお役人にきにいられて出世でもできないかと必死です。

花瓶には一メートル以上もあるるようなりっぱな藤の花が差してあります。なんといっても藤原氏ですから。

そこに現れたのが行平さんの弟、ご存じ在原業平。役人はこの和歌の名人に歌を読めといいます。
日頃から藤原氏にはいい感情を持っていない業平さんは、かたくなにこばみます。
「私なんか歌の読み方もしりませんので・・・」

それでも無理やり読めというので

「咲く花の下にかくるる人を多み ありしにまさる藤のかげかも」

という歌を読みました。

“咲く花のしたにお世話になっている人が多くいるので 今よりもまして藤の花かげがますます大きく見えます。”
という意味ですが、“ありし”は在原にかけているともてれるし、なにかイヤミったらしく聞こえます。

そこにいた人が、どうしてそう詠んだのかと聞くと、「藤原氏がますます栄えるようにと読んだのですよ」と業平さんは、しらじらしく答えましたが、
どうも気まずい空気が流れたようで一同シーンとなってしまい、これ以上歌の話題にはだれも触れませんでした。

その後の宴会はどうなったのかは書いてありませんが、藤原氏の役人もしてやられたという感じで業平さんはさすがに一枚上手だったようです。

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2009年10月16日 (金)

伊勢物語朗読「第百七段」

 昔、あてなる男ありけり。その男のもとなりける人を、内記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり、 されど若ければ、文もをさをさしからず、ことばもいひ知らず、 いはむや歌はよまざりければ、かのあるじなる人、案を書きて、書かせてやりけり。めでまどひにけり。 さて男のよめる、

  つれづれのながめにまさる涙河 袖のみひぢて逢ふよしもなし

返し、例の男、女にかはりて、

  あさみこそ袖はひづらめ涙河 身さへながると聞かばたのまむ

といへりければ、男いといとうめでて今までまきて文箱に入れてありとなむいふなる。
男文おこせたり。えてのちの事なりけり。「雨の降りぬべきになむ見わづらひ侍る。身さいはひあらばこの雨は降らじ」といへりければ、例の男、女にかはりてよみてやらす。

  かずかずに思ひ思はずとひがたみ 身をしる雨はふりぞまされる

とよみてやれりければ、蓑も笠もとりあへでしとどに濡れてまどひ来にけり。

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2009年10月12日 (月)

伊勢物語「第百七段」:代筆

ここのところ百人一首を紹介しておりますが、中納言行平、藤原敏行などは伊勢物語にも登場しております。

ということで伊勢物語の第107段。

藤原敏行さんのお話です。
「昔、あてなる男ありけり」で始まりますが、その男とは例の在原業平さん。
その家にいた若い娘を藤原敏行さんがすきになり歌を詠んで送りました。

でもその女は若くて歌も上手に書けないのでそこの主人が代わりに書いてやりました。ラブレターの代筆みたいなものですが、代筆したのがなにせあの業平さんですから、みごとな歌になります。

「つれづれのながめにまさる涙河 袖のみひぢて逢うよしもなし」
“あなたのことを思っていると長雨のときの川よりも多いほど、私の涙で袖が濡れて、あなたに逢うこともできません”

「あさみこそ袖はひづらめ涙河 身さへながると聞かばたのまむ」
“涙の川も浅いので袖がぬれるくらいなのでしょう。体ごと流されるくらいならあなたの思いを聞いてもいいですよ”

と、みごとな歌を返します。業平さんの代筆ですから当然です。

男は代筆とはきづかず、めでたく一夜を共にします。

その後の雨の日に男が女のところへいこうかどうか迷っていると、またも業平さんの代筆で、

「かずかずに思ひ思わずとひがたみ 身をしる雨はふるぞまされる」
“私を思ってくださっているのか聞くことはできませんが、この雨だけが私の気持ちを知っています”

と、またまたみごとな歌を送ったので、敏行さんは蓑も笠もつけず大急ぎでびしょ濡れになってやってきました。こんな歌を送られたら彼女の元へ走らずにはいられませんよね。

敏行さんは代筆とも知らず、かわいそうな気もしますが、めでたく結ばれたので、まぁいっか。
サイドバーのおすすめの和歌は敏行さんの歌に替えました。

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2009年10月10日 (土)

素性法師:今来むと

百人一首にはユニークなお坊さんが結構登場します。
この素性法師も変わっています。

「今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな」 素性法師(そせいほうし)
“すぐに行くとあなたがいったのに、ずっと待っているうちにとうとう9月の有明の月が出てしまったわ”

と、オカマ言葉になっていまいましたが、作者が女性の立場になって詠んだ歌です。
この人は自分で望んで出家したわけではないらしく、父親に無理やり出家させられたそうです。

それでこの父親と言うのは先に紹介した「をとめの姿しばしとどめむ」の僧正遍昭さんです。

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2009年10月 9日 (金)

藤原敏行:夢の通い路

「住の江の岸による浪よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ」 藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)
“住の江の岸による浪のようにあなたはどうして人目を避けて夢の中にもあらわれてくれないのですか”

「夢の通い路」という表現はロマンチックでいいですね。

この作者の「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」は以前に紹介しましたが、これもなかなかロマンチックな歌で大好きな歌です。

この藤原敏行と言う人は書の大家で写経などもよくたのまれて書いたのですが、写経をしながら女の人のことを考えていたとかで地獄に落とされたという話が残っています。

どうもこの人もプレーボーイだったようで、奥さんは例の業平さんの奥さんの妹です。

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2009年10月 6日 (火)

中納言行平:たちわかれ~

「たち別れいなばの山の峰に生ふる まつとしきかば今帰り来む」 中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)
“私は因幡の国に旅立ちますが、因幡山の松のようにあなたが待っているという声を聞けばすぐに帰ってくるでしょう”

因幡の国へ赴任することになった行平が送別会かなんかで詠んだようです。

因幡といえば鳥取県、この時代大変だったでしょうね。
この人、本名は在原行平で例のプレーボーイ在原業平さんのお兄さんです。

このお兄さんも弟に負けずいろいろあったようで理由はよくわかりませんが、一時須磨に流されております。
そこで地元の海女さんと恋仲になってしまうという話が謡曲にもなっています。
どこかで聞いたような話ですが、そう光源氏そのものですね。
源氏物語の須磨の帖には「須磨の中納言行平」という名前が実名で出てきます。

光源氏のモデルとしては源融、光孝天皇、在原業平などいろいろ説がありますが、紫式部は複数の人をモデルとして光源氏を作り上げたような気もします。

しかしこの歌「たちわかれ~~」なんて声に出して読んでみるとなかなかいい調子ですね。

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2009年10月 5日 (月)

キリ番:55555

訪問者数がが55555番を越えました。
キリ番をゲットするとメーッセージが出るようになっております。

今回キリ番をゲットされた「いにしえのしらべ」さん、おめでとうございます。
商品がでるわけでもありませんが、いいことあるかもしれません^^
いつも読んでいただきまして、本当に感謝しております。

次のキリ番は60000です。
皆さん、今後ともよろしくお願いいたします。

Kiriban

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2009年10月 3日 (土)

中秋の名月:西行

今日の金沢の中秋の名月は雲の合い間からきれいな月が見えるというなかなか風情のある月夜となりました。
百人一首から月を見て涙を流す西行の歌です。

「なげけとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな」 西行
"月は私を悲しませようとする いや悲しみを月にかこつけているのは私の涙なのだ”

「かこち顔」というのは涙を月のせいにしているという意味なのでしょうが、なにか訳しにくい歌です。
定家が百人一首にこの歌を選んだのはなにか意味があるのでしょうが、諸説にあるように私もなぜこの歌を選んだのかは疑問です。

流罪になった崇徳院に北面の武士として仕えていた西行の思い出もあったのでしょうか、この歌の西行の涙には複雑な思いがあったのかもしれません。

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2009年10月 2日 (金)

お知らせ

ブログのサイドバーを若干変更しましたのでお知らせします。

「おきてがみ」というバナーがありますが、これはブログを訪問したという足あとを残せる機能です。
コメントを書くのも面倒という方は、これをクリックしていただくと簡単に足跡を残せます。
メッセージも入れることが出来ますので、なにか一言書いていただくとうれしいです。

「サイト内検索」をつけました。このブログの中の記事を検索することが出来ます。


読者の皆さまのお陰でブログランキングもあがってきました。
訪問者数も1日100人以上になっております。
今後ともよろしくお願いいたします。

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陽成院:恋ぞつもりて淵となりぬる

「筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる」 陽成院
“つくば山から流れ出るみなの川の淵のように、私の恋心も深い淵となってつもっているのです”

情熱的な歌です。
この歌を送った相手は、次期の光考天皇の娘、綏子内親王(すいしないしんのう)です。
恋多き天皇です。

それもそのはず、お母上は伊勢物語で在原業平と駆け落ちして鬼に喰われたというあの藤原高子姫です。

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