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2010年9月

2010年9月24日 (金)

月見れば・・・

一昨日は22日は中秋の名月、でも本当の満月は昨日だったようで、昨日の月は本当にきれいでした。月を見ていて百人一首のこの歌が浮かびました。

「月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど」
大江千里(おおえのちさと)
“月を見ているといろいろなことが次々と思いだされ悲しくなってきます。私一人に秋が来たわではないのですが・・・”

月を見ているとなぜか感傷的になってしまうんですね。
この人の家系はりっぱです。前の記事の源氏物語に引用された行平さんは叔父さん。伊勢物語の在原業平さんも叔父さんです。
本人の歌も「朧月夜」の歌が源氏物語に採用されています。

こんな千里さんでもいろいろ悩みはあるのです。

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2010年9月22日 (水)

須磨の秋風(源氏物語)

秋風が吹いてすずしくなってくるとなんとなくものがなしくなってきます。
この秋は源氏物語でも読もうかとふと思いつきました。秋風が吹きさびしい場面から。

光源氏は都を追われ少ない供の者と須磨に流されています。
前に紹介した「心づくしの秋風」で始まります。家はあばら家、共の者も何人かいるだけで、波の音がいやに近くに聞こえてきて、心細い。
源氏はなかなか寝付けず、琴を弾いてみますが、あまりにさびしく聞こえるのですぐにやめてしまい歌を詠みます。その歌があまりにも悲しくて供の者も寝ることができず、すすり泣きしています。

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 須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。
 御前にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方の嵐を聞きたまふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。
 琴をすこしかき鳴らしたまへるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさしたまひて、

 「恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は 思ふ方より風や吹くらむ」

 と歌ひたまへるに、人びとおどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ばれで、あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。
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「恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は 思ふ方より風や吹くらむ」
“恋しくて泣いているような浦風は、都で思っている人の方から吹くから悲しいのだろうか”

ここに出てくる行平の歌、
「旅人は袂すずしくなりにけり 関吹き越ゆる須磨の浦風」
“須磨の関を海風が越えてゆく季節になった、旅人の袂も寒そうだ”
須磨の関は百人一首にも出てきます。

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2010年9月20日 (月)

月見光路&ジャズ

昨日、金沢市内で月見光路という光のオブジェで街中を演出するイベントがあり夕方から出かけてきました。同時にジャスストリートというイベントも開催されており街中のいたるところでジャスが聞こえてきます。

秋の夜、光のオブジェとジャズ、なかなかいい取り合わせでした。

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↑しいのき迎賓館、後ろに見えるのは金沢城の石垣

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↑石浦神社境内

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↑21世紀美術館

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↑金沢市役所

P1000561

↑尾山神社境内、演奏しているのは国立音大のジャスオーケストラ、すばらしい演奏でした。

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2010年9月18日 (土)

小さい秋みつけた

小さい秋みつけた

秋の風がふくとサトウハチローのこの有名な詩がどうしても浮かんできます。

「誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
 めかくし鬼さん 手のなるほうへ
 澄ましたお耳に かすかにしみた
 呼んでる口笛 もずの声
 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた」

 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
 お部屋は北向き くもりのガラス
 うつろな目の色 とかしたミルク
 わずかなすきから 秋の風
 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた」

私は2番の『お部屋は北向き くもりのガラス うつろな目の色 とかしたミルク・・・』
の部分が好きで、いつもこの歌を聴くと悲しくなってしまいます。

病気の子供がベッドで、ぼんやりと窓をみている。自分の目は曇りガラスが写ってとかしたミルクみたいな色なんだろうか。と想像しているのでしょうか。

1番の鬼ごっこをしているのも決してこの子ではなくて遠くで遊んでいる子供たちの声が聞こえてきます。

中田喜直の悲しいメロディーと重なってすばらしい歌になっています。

ここ数日、すきまから入ってくる風は急に秋の風になりました。

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2010年9月15日 (水)

心づくしの秋

数日前まで猛暑でどうなることやらと思っていたら、9月も中ごろになってようやく秋の風が吹き始めました。

「木のまよりもりくる月の影見れば 心づくしの秋は来にけり」 よみ人しらず(古今集)
“木の間からもれてくる月明かりを見ていると、心づくしの秋は来たのだなぁと感じる”

“心づくし”というのは、今は「心づくしの手料理」とか「心づくしのお宿」などと、いろいろと気を使っているという意味で使われているようですが、この時代の意味は、さまざまに物思いをするという意味でちょっと違っています、もっと憂鬱な物悲しい意味のようです。
この後、源氏物語の中でも『秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしに思しみだるる事・・・』(夕顔)などと何ヶ所かで使われています。

この歌の作者はよみ人知らずとなっていて、だれが作ったのかはわからないのですが、いい言葉ですね。ずっと残ってほしい言葉だと思います。

今年も心づくしの秋が来ました・・・

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2010年9月12日 (日)

徳田秋声

金沢の21世紀美術館で朗読劇の公演がありました。
うちのnorikoさんも出演するというので観てきました。

徳田秋声の小説は実は読んだことがなく、むずかしそうなので敬遠していたのですが、なかなか面白い内容で出演者の芝居もよかったし、演出もすばらしく、ついひきこまれてしまいました。

この秋は金沢の三文豪、鏡花、犀星、秋声をテーマとしたイベントがあちこちで開かれるようです。金沢の町で文学に浸ってみるのもいいかもしれません。

このあとも朗読小屋浅野川倶楽部の公演などもありますのでぜひおでかけください。

Syukuzu

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2010年9月 9日 (木)

秋風

前の記事では「風そよぐ」などどのんきなことをいっておりましたら、台風が来てしまいました。こちら北陸のほうにまともに上陸してきましたが幸いたいしたこともなく通り過ぎていきました。雨の被害にあわれた方もおられるようですね、お見舞い申し上げます。

台風のおかげでひさびさに最高気温が30度を下回り、秋風といってもいいような風になってきました。

「秋風にこゑをほにあげてくる舟は あまのとわたる雁にぞありける」 藤原菅根朝臣
“秋風にのって櫓の音をひびかせてゆく舟は、天の水門を渡ってゆく雁だったのだ”

雁(かり)が秋風に乗って飛んでゆく様子を、舟にたとえた雄大な歌です。

藤原菅根(すがね)は菅原道真を追放した一人で、道真の怨霊に殺されたという言い伝えが残っています。

今の管総理は道真の末裔だそうです。選挙戦の結果次第では怖ろしいことがおこるかも・・・

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2010年9月 7日 (火)

風そよぐ

まだ猛暑は続いておりますが、朝夕なんかは若干涼しい風が吹いているような気がするような・・・でも虫の声なんかは聞こえてくるし、気持ちだけでも秋の気配ということに、

「風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける」 従二位家隆
“ならの小川の風はすっかり秋めいてきたけど、みそぎをしているのを見ているとまだ夏なんだなあ”

ならの小川というのは上賀茂神社の中を流れる小川で、そこで神社の神職が禊ぎの儀式をしているのを見て詠んだ歌です。
いかにも涼しげで好きな歌です。上賀茂神社も何回か行ったことはありますがいいですね。
でも今行くと暑そうですが、

今日の金沢は33度、京都は34度だったようです。

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2010年9月 2日 (木)

秋の風

古今集を開いてみると、前の記事で紹介した歌が夏の歌の最後、そして秋の歌の初めが有名な、

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」 藤原敏行
“秋が来たとははっきりとは感じることはできないが、吹く風の音にはどこか秋の気配が感じられはっとさせられる時があるものだ”

いくら暑いとはいえ9月になれば、どこかに秋の気配があるものですが、午前中からすでに30度を軽く越えている気温では、冷房の効いた教室の窓を開けるきにもなりません・・・
いつになったら秋の気配が・・・

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