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2010年10月

2010年10月21日 (木)

紅葉

そろそろ紅葉の季節ですね。まだ平地では早いようですが、白山のほうでは見ごろだそうです。
百人一首から菅家の歌です。

このたびは幣(ぬさ)もとりあえず手向山(たむけやま) 紅葉(もみじ)の錦 神のまにまに」 菅家

菅家(かんけ)というのは菅原道真。朱雀院(宇多上皇)との行幸のおりに読んだものです。
この時代、旅に出るときは峠で幣という神主が持つ紙をまく風習があったそうです。今の神主さんがお払いの時に持っているのは白い紙ですが、この時代は色とりどりの紙だったそうです。
道真はこの幣の代わりに手向山の紅葉を使ったのですね。さすが学問の神様、みごとです。

この時まではよかったのですが朱雀院が退いた後、道真は無実の罪で筑紫に流されます。そのままそこで亡くなり、怨霊となって都にあらわれる。
それを鎮めるために北野天満宮を建て、その神社が全国に広がって天神さんとして親しまれている。
というのは有名な話ですね。

現在の菅総理は道真の末裔だそうです。そのうちに怨霊となって・・・

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2010年10月20日 (水)

紫の上との別れ(須磨)

少しさかのぼって須磨へ旅立つ当日、紫の上と別れの言葉を交わす場面です。

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「月出でにけりな。なほすこし出でて、見だに送りたまへかし。いかに聞こゆべきこと多くつもりにけりとおぼえむとすらむ。一日、二日たまさかに隔たる折だに、あやしういぶせき心地するものを」

 とて、御簾巻き上げて、端にいざなひきこえたまへば、女君、泣き沈みたまへるを、ためらひて、ゐざり出でたまへる、月影に、いみじうをかしげにてゐたまへり。「わが身かくてはかなき世を別れなば、いかなるさまにさすらへたまはむ」と、うしろめたく悲しけれど、思し入りたるに、いとどしかるべければ、

 「生ける世の別れを知らで契りつつ 命を人に限りけるかな」
 「はかなし」

 など、あさはかに聞こえなしたまへば、

 「惜しからぬ命に代へて目の前の 別れをしばしとどめてしがな」
 「げに、さぞ思さるらむ」
 と、いと見捨てがたけれど、明け果てなば、はしたなかるべきにより、急ぎ出でたまひぬ。
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源氏のセリフからです。
「月も出てきた。こちらへ来て見送っておくれ。1、2日いないだけでふさいでいるのだから」
紫の上は御簾をあげて出てきます。
「私が須磨で死んでしまって帰ってこなかったら、紫の上はどうなるのだろうか」

源氏の和歌
「生き別れなんてものがあるとは知らず、死ぬまで一緒にいられると思っていましたが」
紫上の和歌
「惜しくない命に代えても 別れの時を引き延ばしたいものです」

と、和歌を交わしますが、夜が明ける前にと、急いで旅立ちます。

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2010年10月10日 (日)

千鳥(源氏物語)

千鳥の和歌を紹介しましたが、この歌のもとになっているのは源氏物語のこの部分です。

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 月いと明うさし入りて、はかなき旅の御座所、奥まで隈なし。床の上に夜深き空も見ゆ。入り方の月影、すごく見ゆるに、

 「ただ是れ西に行くなり」と、ひとりごちたまて、

 「いづ方の雲路に我も迷ひなむ 月の見るらむことも恥づかし」

 とひとりごちたまひて、例のまどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く。

 「友千鳥諸声に鳴く暁は ひとり寝覚の床も頼もし」

 また起きたる人もなければ、返す返すひとりごちて臥したまへり。
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しみじみとしたいいところです。

屋敷の中まで月の光が差し込んで隅まで照らしています。

和歌の意味は

“月はまっすぐ西へ向かうというのに、私はどこへ向かおうとしているのだろうか、月に見られるのも恥ずかしいことだ”

“明け方になく千鳥の声でさえも、一人で寝ている身にはたのもしい”

都では好き放題やっていた源氏も、さびしすぎます。

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2010年10月 1日 (金)

須磨の関

前に源氏物語の須磨の帖を紹介しましたが、それを意識して作られたのが百人一首にもはいっているこの有名な歌です。

「淡路島かよふ千鳥のなく声に 幾夜寝ざめぬ須磨の関守」 源 兼昌(みなもとのかねまさ)

”淡路島から通ってくる千鳥がなく声で、須磨の関守は幾夜となく目覚めてしまうのだろうか”

千鳥のなく声は聞いたことがないのですがさびしげなのでしょうか。
須磨に流された光源氏は、さびしくこの声を聞いていたのですね。

須磨へは行ったことがないのですが一度訪ねてみたいところです。

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