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2011年4月

2011年4月15日 (金)

兼六園の桜

昨日は金沢市役所から兼六園、金沢城あたりを少し歩いてみました。
桜は満開です。

「見渡せば春日の野辺に霞たち 咲きにほへるは桜花かも」 万葉集:よみ人しらず

春日ですから奈良県ですね。万葉の時代から見事な桜だったのでしょう。
金沢の桜は奈良から見ればまだ歴史は浅いのかな。

桜と春霞もまたいいものです。『さきにほへる』という表現も満開の桜にぴったりです。

写真は兼六園から金沢城の方を撮ったものです。

Kanazawajyou

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2011年4月12日 (火)

伊勢物語第八十二段 「桜」

震災から一ヵ月、まだまだ被災された方の厳しい状況は続いています。お花見宴会で浮かれるような気分ではありませんが、こんな時こそおだやかに花を眺める気持ちは大切かもしれません。

伊勢物語から、桜の木の下で歌を詠む場面です。

第八十二段から抜粋です、

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その木のもとにおりゐて、枝を折りてかざしにさして、上中下(かみなかしも)みな歌よみけり。
馬の頭(うまのかみ)なりける人のよめる、

 「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」

となむよみたりける。又人の歌、

 「散ればこそいとど桜はめでたけれ うき世になにか久しかるべき」

とてその木のもとはたちてかへるに、日ぐれになりぬ。

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おおまかな意味は、

“桜の木の下で馬を下り、枝を折って冠の飾りにし、身分の高い人も低い人もみんなで歌を詠んだ。
馬の頭が詠んだ歌

 「世の中に桜の木が全くなかったら、春の心はもっとのどかだったろうに」

他の人は

 「散るからこそ桜はすばらしい。この世にいつまでも変わらないものがあるだろうか」
といってその木のところから帰ると、日暮れになった。”

となります。

この2首は、桜の花をちょっと違った角度から詠んだ歌ですがどちらも素晴らしい歌です。
この時代背景もあるのでしょうが、藤原氏全盛の世を皮肉っているのかもしれません。
桜が咲くとなんとなく感傷的になってしまいます。

写真は近所の用水沿いの桜、今日は満開です。ほとんど人もいなくてちょっぴりさびしい桜です。

Sakura1

Sakura2

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2011年4月11日 (月)

朗読公演のご案内

今年も「朗読小屋 浅野川倶楽部」の公演が近づいてきました。
金沢公演は5月7日~14日まで、このブログの朗読担当norikoさんは14日に出演しますのでぜひお出かけください。
入場料は500円。今回は泉鏡花を読むそうです。

金沢のほか山中、小松、高岡でも公演があります。
詳しくは浅野川倶楽部のホームページをご覧ください。

「朗読小屋 浅野川倶楽部」

Asanogawa

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2011年4月 1日 (金)

慈円

大震災から3週間がたちますが、未だに被害の全貌も明らかにならず、被災された方々の苦労は大変なものだと思います。

百人一首の中には民を救済しようという気持ちを歌った歌もあります。

「おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣(そま)に墨染の袖」 前大僧正慈円

『おほけなく』は身の程もわきまえずというようなへりくだった意味、『杣』は材木を切り出す山のことで比叡山を意味します。鎌倉時代の大僧正慈円は比叡山にあって、仏教の力で民を救おうとします。

“畏れ多くも仏のご加護を願って、比叡山から私の衣でうきよの民を覆いましょう”

誰がこの日本を救ってくれるのでしょうか、私にはそんな力もありませんが、わずかな義援金を出すことぐらいはできそうです。

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