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2011年9月

2011年9月25日 (日)

源 実朝

「世の中は常にもがもななぎさ漕ぐ 海士の小舟の綱手かなしも」

(よのなかは つねに もがもな なぎさこぐ あまの おぶねの つなでかなしも)

最近はこういうしっとりとした歌が心に響きます。この歌はちょっととっつきにくかったのですが、最近になってだんだんよさがわかってきたような気がします。百人一首の中でも一番いいのではと思うようになってきました。

源実朝は源頼朝と北条政子の間に生まれ鎌倉幕府の三代将軍として激動の中で生きています。そのあまりにも急変する世の中を常に変わらないものであってほしいと願うのがこの歌です。

『もがもな』は変わらないでほしい。
『あま』(海士)は漁師。
『つなで』(綱手)は小舟をひく綱。

あえて訳しませんが、常に変わらないでほしいと願う心と、目の前の漁師が小舟で揺られている風景があるだけです。

私も50代になってなにか分かるような気がするのですが、実朝は26歳で暗殺されています。戦乱の中で短い人生をいき和歌を愛した実朝に共感できるこのごろです。

写真は松任の海岸、
最後に松任CCZ温泉に入って夕日を眺めて連休は終わりです。

「世の中は常にもがもな・・・」

Sanetomo


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2011年9月19日 (月)

中原中也

和歌もいいですが、詩も好きで中原中也の詩もよく読みます。
中也についての講演会があるというので聞きに行ってきました。
中也は小さいころ金沢に住んでいたのでなんとなく親しみもあります。

どういうわけか徳田秋声記念館、ここの学芸員の方は前は山口の中原中也記念館におられたそうです。

生い立ちなど詳しく知ることができました。

今日と違って昨日は暑い日でしたね。
春ではないのですがこの日差しの中こんな詩が浮かびます。


『トタンがセンベイ食べて

春の日の夕暮は穏やかです

アンダースローされた灰が蒼ざめて

春の日の夕暮は穏やかです』


トタンがセンベイを食べて、灰が蒼ざめている・・・
説明のしようがありませんが、穏やかな日差しの中でこのフレーズが頭から離れません。

写真は徳田秋声記念館の前にある浅野川のうめのはしと記念館の前で寝ているネコ。

P1010100

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2011年9月13日 (火)

中秋の名月

昨夜は中秋の名月。金沢でもきれいな月が見えました。
月を見ると思い浮かぶのが百人一首の西行の歌。

「嘆けとて月やはものを思はする かこち顔なるわがなみだかな」

この歌は前にも取り上げたのですが、いまひとつわかりにくいところがありました。
しかし最近、白洲正子の「西行」という本を読んで少しわかったような気がするのですが、

“嘆けと言って月が私を悲しませる。いや、私はこの涙をを月のせいにしているのだ”
このように訳してみましたが、このうたが詠まれたのは西行が出家する直前の時期のようで、単に恋の歌というよりも武士の身分を捨てて出家しようという強い決意もこの中に歌われている。そう解釈すると西行の気持ちが伝わってくるような気がするのですがどうでしょうか。

それにしても月を見ていると何となく感傷的になってきます。

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2011年9月11日 (日)

沖の石

すっかり秋の気配かとおもったら今日の気温は33度、いつまでこの暑さは続くのでしょう。

宮城県多賀城市の末の松山のすぐちかくには「沖の石」というこれも百人一首で有名な名所があります。
ここも津波をかぶったようです。

枕詞の「沖の石」ですが、実は福井県の小浜にもあります。どちらが本物なのかは今となってはわからないようですが、小浜のほうなら近いので今度言ってみようと思っています。

百人一首の和歌はこれです。

「わが袖は汐干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし」 二条院讃岐(にじょうのいんのさぬき)
(わがそではしほひにみえぬおきのいしの ひとこそしらねかはくまもなし)

“私の着物の袖は汐が引いても見えない沖の石のように 誰も知らないけど乾くことはありません”

いとしい人を思ってずっと泣き暮らしているのです。こんな女性が今は・・・

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