みをつくし
源氏物語のタイトルにもなっている澪標(みをつくし)ですが、
古語辞典で引いてみると、“水脈(みを)つ串し”、船の水路を示すための杭であると書かれています。水の中で耐え忍んでいるようにみえるのでしょうか、これが身を尽くすと掛けことばになっています。
この言葉が光源氏と明石の君の和歌のやり取りでとても効果的に使われていますね。
このとき源氏は『今はた同じ難波なる』と口ずさみますが、これは百人一首にも入っている次の歌です。
「わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞおもふ」元良親王
元良親王は京極御息所と不倫の恋に落ち、この歌を読みました。(言っておきますが源氏物語の中の話ではありません、事実です。)
この歌のすごさは、私が訳したのでは伝わらないと思いますので、田辺聖子さんのすばらしい訳文を引用させていただきます。
「人は私を指さしてそしる
不倫の恋に狂う痴れ者と・・・
世間の目に咎められ
もはや あなたに逢うことも
ままならぬ世のおきて
あなたを恋うて物狂おしく
悶々の日々
ええい もはや同じこと
噂が立ったいまは
難波のみおつくしではないが
身をつくして 破滅しても ままよ
あなたに逢いたい
逢わずに措くものか」
(田辺聖子の小倉百人一首:角川文庫より)
と、こうなります。
参考までに、三省堂の古語辞典のみをつくしのイラストです。
ちなみに大阪市のシンボルマークはみをつくしです。


























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