和歌

2008年7月24日 (木)

みをつくし

源氏物語のタイトルにもなっている澪標(みをつくし)ですが、

古語辞典で引いてみると、“水脈(みを)つ串し”、船の水路を示すための杭であると書かれています。水の中で耐え忍んでいるようにみえるのでしょうか、これが身を尽くすと掛けことばになっています。

この言葉が光源氏と明石の君の和歌のやり取りでとても効果的に使われていますね。

このとき源氏は『今はた同じ難波なる』と口ずさみますが、これは百人一首にも入っている次の歌です。

「わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞおもふ」元良親王

元良親王は京極御息所と不倫の恋に落ち、この歌を読みました。(言っておきますが源氏物語の中の話ではありません、事実です。)

この歌のすごさは、私が訳したのでは伝わらないと思いますので、田辺聖子さんのすばらしい訳文を引用させていただきます。

「人は私を指さしてそしる
不倫の恋に狂う痴れ者と・・・
世間の目に咎められ
もはや あなたに逢うことも
ままならぬ世のおきて
あなたを恋うて物狂おしく
悶々の日々
ええい もはや同じこと
噂が立ったいまは
難波のみおつくしではないが
身をつくして 破滅しても ままよ
あなたに逢いたい
逢わずに措くものか」
(田辺聖子の小倉百人一首:角川文庫より)

と、こうなります。

参考までに、三省堂の古語辞典のみをつくしのイラストです。
ちなみに大阪市のシンボルマークはみをつくしです。

Miotukusi_2  Oosakashi 

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2008年6月28日 (土)

上賀茂神社

源氏物語の葵の上と六条御息所の車争いの場面で賀茂の神社が出てきたところで、上賀茂神社に残る和歌を紹介します。

「ほととぎす声待つほどは片岡の 森の雫に立ちや濡れまし」紫式部

ほととぎすの声を待つというのは、恋人を待つという意味で使われているようです。片岡の森のしずくに濡れながら朝まで待っていようという歌です。紫式部はここで誰かを待っていたのか、それとも源氏物語の筋を考えていたのか、わかりませんがこのあたりの森を見ているとタイムスリップしたような不思議な感覚に襲われます。
数年前この神社を訪れたとき、受付にいた若い巫女さんに「紫式部が和歌を読んだ森はどのあたりですか?」、と聞いたのですが、「はー???」という答えでした。後で宮司さんに聞くと丁寧に教えてくださいました。
写真は数年前に行ったときに撮ったものですが、この橋の向こうの方の森だそうです。

Kamikamo1 Kamikamo3

上賀茂神社にはもうひとつすばらしい和歌が残っていますね。百人一首ににものっている藤原家隆の歌です。
楢(なら)の小川は上賀茂神社の中を流れています。

「風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける」従二位家隆 

Kamikamo2

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2008年6月11日 (水)

万葉集の木簡2(源氏物語より)

「安積香山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の 浅き心を我が思はなくに」陸奥国前采女(みちのくのくにさきのうねめ)・万葉集

安積香山の影が映る山の泉のような浅い心を私は持っていません。釆女は宴会のときこの歌を詠んで怒っていた王様の機嫌をなおしたとか。
そんな深い意味はないようですが、山が映る泉を自分の心にたとえていて、この歌も声に出して読んでもきれいな歌だと思います。

で、この「あさかやま~」の歌と前回紹介した「なにはづの~」の歌をふまえて、源氏物語を読んでみます。

以前紹介した。光源氏が若草の君(後の紫の上)をさらってくるところです。
源氏の強引な態度に乳母の尼君はオロオロしています。

「おもかげは身をも葉なれず山桜 心の限りとめて来しかど」光源氏

まだ10才の女の子にこんな歌を送ってくる源氏に尼君は困り果て、
“姫はなだ幼くて手習い初めの[難波津]の歌さえ満足に書きつづけられないのですから・・・
 「嵐吹く尾上の桜散らぬ間を 心とめけるほどのはかなさ」”

と返事をします。嵐が吹いて散ってしまう峰の桜の散らないような短い間だけ心にとめただけの気まぐれなのでは?という意味です。

そんな返事をもらった源氏ですが、簡単には引き下がりません。僧都(そうず)や尼君達は薄気味悪いとまで言っています、完全にストーカーです。

源氏はまた歌を送ります。

「あさか山浅くも人を思はぬに など山の井のかけはなるらむ」光源氏
どうして山の井の影のように私からはなれていくのかと、あさか山の歌を引用します。

結局、源氏は若草の君をさらっていくことになるのですが、このあたり今回木簡に書いてあったとわかった2首が見事に引用されています。こういう和歌を散りばめながら源氏物語は書かれていきます。和歌を通して読むと源氏物語のすばらしさがよくわかりますね。それにしても紫式部の才能には驚きます。

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2008年6月10日 (火)

万葉集の木簡

先日、滋賀県の紫香楽宮跡から出土した木簡の両面に和歌が書かれていたことが判明!
というニュースが流れました。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080522/acd0805222015006-n1.htm

紀貫之が古今集の仮名序で対にして紹介しているのがこの歌です。この2首を紀貫之が勝手に対にしたという説もあったようですが、それより150年前に実はセットで読まれていたということがわかったわけです。木簡の表と裏に書かれていたのですから疑いようはありませんね。
それに安積香山の歌は万葉集に載っている歌なのですが、この木簡は万葉集の完成する以前のものらしく、これも大変な発見のようです。

「安積香山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに」
「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」

「なにはづに~」の歌ですが、どこかで聴いたような記憶があったのですが、調べてみると百人一首の競技カルタをするときに必ず初めに読む歌なんですね。
私は競技カルタはしたことがないのですが、私の持っている百人一首のゲームソフト、起動するとこの歌を必ず詠むんです。それで聞いたことがあったんですね^^;

意味は、難波津(大阪湾のほうかな)に咲いた花(梅の花)、冬篭りしていた花も春が来た今は盛りとさいていることだ。
咲くやこの花を繰り返していて、声に出して読んでもなかなかいい歌です。奈良時代、どんなふうにこの木簡が読まれていたのかと想像するとなんだかワクワクしてきます。

この2首、実は源氏物語にもセットで出てきます。長くなったのでこの後は次回に・・・

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p.s.多くの皆さんにいつも読んでいただいているおかげで、ブログの古典文学ランキングの1位になりました。他にもすばらしいブログがたくさんありますので、また上のバナーをクリックしてみてください。

2008年6月 2日 (月)

百人一首暗記ソフト

しばらく前から百人一首の暗記に挑戦しておりますが、「3日で覚える本」をもってしても未だに全部覚え切れません。そこで自分用にソフトを作ってやってみております。

せっかく作ったので皆さんにも使ってもらえればうれしいので、ダウンロードして使ってみてください。たわいもないソフトですが上の句と下の句を別々に表示させる機能とどれだけ覚えたかがわかる機能が付いています。

マイクロソフトのアクセスで作ってありますので、アクセスをお持ちでない方はアクセス2007のランタイムが無料でダウンロードできますので、それをインストールすると動きます。

使ってみられた方は感想でもいただけるとうれしいです。

もちろん無料です。

ダウンロードページ http://homepage2.nifty.com/ktps/download.html

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2008年5月14日 (水)

薬師寺

東京の国立美術館で薬師寺展をやっているようです。
昨日テレビで見て驚きました。国宝の日光・月光菩薩まで持っていってるんですね。後ろの天蓋まではずして背中からも見えるようになっています。

すばらしい企画だと思います。が、こんなことしていいのでしょうか?御本尊の薬師如来の横には誰もいない。東京で見なくても薬師寺で薬師如来の横にいらっしゃる菩薩にお会いすればいいのでは?

最初は薬師寺の宝物なんかが展示してあるのかと思い興味がありましたが、この企画の意図がわかりません。先日もダヴィンチの受胎告知が出て行くことに地元の人たちが大反発したというのがありましたね。関係者で反対する人はいなかったのかな?

今日は薬師寺を読んだ和歌を紹介します。時代はずっとすすんで明治時代になりますが、すばらしい歌です。古典といってもいいかもしれませんね。季節は違いますが、あえて紹介させていただきます。薬師寺は大好きなお寺で何回も行っています。

「ゆく秋の大和の国の薬師寺の 塔の上なる一ひらの雲」佐佐木信綱

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2008年5月12日 (月)

万葉集の恋の歌

平安時代の女流歌人の歌をいくつか紹介しましたが、すごくロマンチックですが退廃的なムードもただよいます。それにくらべて万葉集にある恋の歌は素朴でエネルギッシュな感じがします。

「君が行く道の長手を繰り畳ね 焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも」狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)

中臣宅守(なかおみのやかもり)は娘子と恋に落ちそれが原因で越前に流されます。その宅守に送った歌です。あなたが行く道をたたんで焼いてしまう火が天から降ってくるのを祈っています。というすさまじい歌です。

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2008年5月11日 (日)

恋の歌 その参

これもかなりあぶない歌です。

「わすらるる身をば思はす誓いてし 人のいのちの惜しくもあるかな」右近

神様の前で誓った愛を破ると死んでしまうというそうですが、そうなるあなたはかわいそう。というゆうような内容なのですが、どう受け取るかは男にとっては非常に複雑・・・返す言葉に詰まりそうです。

女性の立場から、田辺聖子さんの訳を紹介しておきます。

「やがては忘れられる身だということを思いもせず
私はあのとき、愛を神に誓った
なんて愚かな私なのかしら
でも心がわりしたあなたには、神仏の罰があたるわよ
---いい気味といいたいけれど
でも、それは嘘
罰が当たって
あなたが死ぬなんていや
死んじゃいや
でも
あなたが憎くないといったら
それも嘘になるの」

「田辺聖子の小倉百人一首より」

まぁ簡単に愛を誓うなんてことはするものではないということでしょうか。

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2008年5月10日 (土)

恋の歌 その弐

百人一首の中の恋の歌、二つ目はかなり危険な歌です。

「忘れじの行く末まではかたければ けふを限りの命ともがな」儀同三司母(ぎどうさんしのはは)

“君の事は忘れないよ”とは言われたけれど、未来には忘れてしまうのでしょう。それならいっそ今日死んでしまいたい。という内容。

こんなこと言われたらどう思うでしょうか。素直にうれしいと喜べるのか、はたまた女は怖いとおもうのか、(女性の皆さんごめんなさい)。

この人の夫の藤原道隆、奥さんを愛していたのは真実らしいのですが、浮気者で愛人がいっぱいいたらしい。ということは・・・

2008年5月 9日 (金)

恋の歌

3日でおぼえる百人一首の暗記に挑戦しはじめてから、とうに3日は立ってしまったが、まだあきらめたわけではなく、毎日少しづつ覚えようとはしているのですが・・・

で、繰り返し読んでいると、恋の歌ばかり異常に多いのに気づきます。100首中43首が恋の歌だということです。平安貴族の興味はかなりの部分が恋愛に向いていたということでしょうか、それとも選んだ定家の趣味なのか。まぁこの時代庶民はそれどころではなかったようですが。

熱烈な歌はかなりありますね。

「難波潟みじかき葦のふしの間も 逢はで此の世を過ぐしてよとや」伊勢

伊勢は小野小町と並ぶ美貌の女流歌人ですが、あんな短い葦の節の間ほども逢わずにはいられないという歌ですが、絶世の美女がこういう歌を詠むのですから、いいよった男が山ほどいたというのもうなずけますね。

逢ってみたいものです^^;

p.s.
3日で覚える百人一首の本は「おすすめ本」に紹介しておきました。気に入ったCDも紹介してあります。趣味がかたよってますが、興味がある方はアマゾンで買えるようになっていますのでどうぞ。

2008年5月 7日 (水)

藤の花

ゴールデンウィーク最後の日、白山市の公園へ藤を見に出かけました。
藤の花を歌った和歌というと、

「手も触れで惜しむかひなく藤の花 底にうつれば浪ぞ折りける」凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

手を触れると折れそうなのでそっとしておいたら、水に映って波が藤の花を折ってしまった。というようなロマンチックすぎるような内容ですが、結構好きな歌です。

写真は白山市の松任グリーンパークという公園で藤の花が見ごろでした。

Photo

2008年5月 1日 (木)

萌え出づる春

今日も暑い日になりました。昨日知人から山菜を貰っておいしくいただきました。このころになるとこの歌が浮かびます。

「いはばしる垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも」志貴皇子、万葉集

垂水は滝のことです、滝の流れる岩の上のわらびを見て春を感じたんですね。それを「萌え出づる」と表現するところがすばらしいですね。

私なんぞはすぐ秋葉原が連想されますが・・・、いかんいかん万葉集は日本人の感性の原点です。

イラストはおすすめリンクにもあります「アゲマキ」さんがこの歌をもとに書いたもので、許可を得て使わせていただいています。すてきなイラストをいつもありがとうございます。

Iwa

2008年4月30日 (水)

金沢・浅野川界隈

今日は夏のような暑い日です。ゴールデンウィークもいい天気になりそうですね。

連休には金沢の方へ観光に来られる方も多いと思います。今日は和歌から離れて金沢のお勧めスポットを紹介します。

金沢には古い町並みが多くありますが、そのなかでも東山茶屋街、浅野川界隈は風情があります。兼六園、金沢城あたりはもちろんいいのですが、ちょっと離れたこのあたりもお勧めです。

写真は主計町(かずえまち)の暗がり坂(くらがりざか)。この坂を下りていくと浅野川添いに古い町並みが続き、泉鏡花、室生犀星、徳田秋聲、等の文学碑や記念館があります。

昨日ちょっと用事がありこの辺りを通りましたので写真を撮りました。

Photo Photo_5 Photo_3

やはり和歌がないと寂しいのでつくってみました。

「浅野川古き家並み歩き来て 照葉ざくらのかげもかなしき」 かず

うすぐらい暗がり坂を下りると、泉鏡花の「照葉(てりは)狂言」という小説にちなんだ桜があります。

2008年4月28日 (月)

大江山

「大江山いくのの道の遠ければまだふみも見ずあまの橋立」小式部内侍

百人一首が続きます。昨日紹介した、中納言定頼さんをギャフンといわせたのがこの歌です。

この作者のお母さんはかの有名な和泉式部でこのとき内侍は14,5才だったようです。歌合せの席で居合わせた定頼は、お母さんの和泉式部が丹後の国へ行っていていないのを知っていて内侍に、お母さんから手紙はきたの?と聞いたのです。

内侍は即興でこのすばらしい歌を読み、定頼はなにも言えなかったのです。

大江山は京都から丹後へ行く途中にあります。その先には天の橋立がありますね。こんな歌を詠まれてはさすがの定頼さんもグウの音もでませんね。

2008年4月27日 (日)

宇治

百人一首には源氏物語や作者の紫式部に関連した歌が数多く出てきます。今年は源氏物語千年紀、宇治あたりでも色々なイベントがあることでしょうね。

「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらわれわたる瀬瀬のあじろ木」権中納言定頼

霧のかかった宇治川を描写したすばらしい歌です。源氏物語の宇治十帖の世界を連想させます。

この定頼さん、和泉式部の娘の小式部内侍をからかって「大江山・・・」の歌でしっぺ返しをされていますが、かなりなプレイボーイだったらしく、この内侍とか紫式部の娘の大弐三位とかとも付き合っていたとか、いろいろうわさがあります。ちょっと軽い人っだたのかも。

でもこの歌いいです。

2008年4月26日 (土)

八重桜

倶梨伽羅の八重桜祭りもそろそろはじまると思いますが、ソメイヨシノが終わった後の八重桜はまたいいものです。八重桜といえば、

「いにしへの奈良の都の八重ざくら けふ九重ににほひぬるかな」伊勢大輔

奈良の都から天皇に八重桜が届く。それを受け取る役は実はかの紫式部だったのですが、新参の伊勢大輔にその大役を譲りました。なぜ譲ったのか、試そうとしたのか、花を持たせたのか、いい歌がうかばなかったのか(それはないか)、はわかりませんが、突然、指名された大輔は天皇の御前で見事にこの歌で大役をこなし。喝采を受けました。

紫式部もこの歌にはまいったかもしれませんね。

先日いった倶梨伽羅の八重桜ですが、きれいに咲いているのもありました。ゴールデンウィークはすごい人出になるでしょうね。

Yae2

2008年4月24日 (木)

春の夜の夢 その2

暑かったり寒かったり変な天気が続いています。

春の夜の夢というと、百人一首にもあります。

「春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ」周防内侍

この時代の女性は思いのほか強かったらしく、二条院にいた作者が枕がほしいといったところ、御簾の向こうで聞いていた大納言忠家が自分の腕を差し出したところ、バシッとやったかどうかはわかりませんが、この歌を作ったそうです。「変なうわさが立ったらどうするの」っていう感じですね。

春の夜、夢心地でボーッとばかりしていてはいけません。

そこで私も、いまだに挫折しいる百人一首の暗記をしようと思い。本屋で「3日で覚える百人一首」というのを見つけたので買ってきたのですが・・・

2008年4月23日 (水)

大伴家持2

「春の野に霞たなびきうらがなし この夕光(ゆうかげ)にうぐいす鳴くも」大伴家持、万葉集

家持は越中(富山県)5年間赴任しています。この時期にすばらしい歌を数多く残していますが、この歌は奈良の都に戻った後に作られたもので、なんとなくもの悲しく、万葉集らしくないというか、古今集に近いような作風です。この後家持は藤原氏全盛の政局の中で争乱にまきこまれ、つらい時代になります。

昨日は半日ほど時間があいたので富山と石川の県境にある倶梨伽羅峠へ行ってきました。平家物語で有名な古戦場です。八重桜が有名で見に行ったのですが山頂はもう少しかなといったところでした。うぐいすも盛んに鳴いており、気持ちのいいお花見でした。

Photo_2

2008年4月21日 (月)

春の夜の夢

やっと暖かくなりましたね。いつもボーッとしている私もますますボーッとしているこの頃です。

春になるとこの歌が浮かびます。私の1番好きな和歌です。

「春の夜の夢の浮橋とだえして 峰に別るる横雲の空」藤原定歌、新古今集

うっすらと明るくなり、夢から覚めはじめる。どんな夢を見ていたかというと、源氏物語の光源氏かなんかになったような夢でいい気持ちになっていた。源氏物語の最後の帖は「夢の浮橋」、やっぱり人生というものははかないよなぁー。ボーッとして外を見てみると山にかかっていた雲がスーッと別れて消えていく。あぁだんだん夢から覚めてきた。

なんていう感じの、けだるい歌です。

クラシック音楽を聴く方なら、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」が浮かぶかもしれません。

この浮世離れした感覚が大好きです。

2008年4月13日 (日)

散る桜

「さくら花ちりぬる風のなごりには 水なきそらに浪ぞたちける」紀貫之、古今集

桜を歌った和歌は数多くありますが、一番すきなのはこの歌です。

天気がいい日に花が散り始めた桜を眺めていると、一瞬風が吹く。青い空にさくらの花びらが舞う。水もないのに海に波がたったような感覚。

その一瞬の感動、時間が止まったかのような空間の風と青空と花びら。

すばらしい表現です。

近所の桜並木も散り始めました。

Sakura_2 

2008年4月 7日 (月)

しばらくさぼっていたら春になってしまいました。

「久方の光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」紀友則

桜を見ると人生の無常観を感じずに入られない。この花も数日後には散ってしまうのだなーなんて思って、紀友則は桜を見ていたんでしょうが、兼六園の桜を見に行ったら、すごい人だかりで静かに眺めるどころではありませんでした。

Sakura1 Sakura2

2008年2月 3日 (日)

雪の夕暮

今日は関東の方でも雪が積もったようですね。こちら北陸はたいしたことはないのですが、けが人も出ているようですので気をつけてくださいね。

定家は夕暮れが好きなようで、秋の夕暮れに続いて冬の夕暮れを歌ったすばらしい和歌があります。

「駒とめて袖うち払う陰もなし 佐野のわたりの雪の夕暮」藤原定家、新古今集

佐野のわたりというのは、奈良県の山の方にある渡し場で、そこに差し掛かったときに雪が降ってきて、馬をとめて雪を払うところもない、といった寂しい風景です。

万葉集に本歌がありますが、定家は源氏物語の薫が浮舟を訪ねたときのことをイメージしているということです。

源氏物語の貴公子が雪の夕暮の中を馬に乗って寂しくすすんでいるという風景を思い浮かべてみてください。

写真は佐野のわたりには関係ありませんが、うちの裏に最近いるサギです。雪の中で寂しそうなので撮ってみました。

Photo

2008年1月30日 (水)

雪を題材にした和歌にも美しいものがたくさんあります。

「あさぼらけありあけの月とみるまでに よしのの里にふれるしら雪」坂上これのり、古今集、百人一首

「あさぼらけ」というのは、夜がほのかに明るんでくる時刻です。もうすこしすると「あけぼの」になります。枕草子には「春はあけぼの」とありますが、あけぼのの前のほんとにほのかに明るくなったかなという時刻です。そんな時刻に見える月が「ありあけの月」ですが、月あかりかと思って外を見てみると雪が降っていた、という幻想的な世界です。吉野の里でこんな雪を見てみたいものです。

2008年1月15日 (火)

初春の

今日は北陸地方にしては珍しく晴天で、気持ちも明るくなります。白山があまりにもきれいに見えたので写真を撮ってみました。

「初春の初子の今日の玉箒(たまばはき)手に執るからにゆらく玉の緒」大伴家持

その年の初めての子の日には、天皇より玉箒を賜るというおめでたい儀式があり、その日にあたってつくるようにという要請があり、作られた歌です。

玉箒というのは草を束ねて作った箒にガラス玉等の装飾品をつけたもので、正倉院にも残っているそうです。

しかし、この不穏の時期(758年)にあって家持は歌だけを送りこの儀式を大蔵の仕事が忙しいといって欠席しています。このときの天皇は孝謙天皇、内相は藤原仲麻呂。藤原氏と対立していた家持は、ささやかな抵抗をしたのではないかと・・・

今年はいい年にと願っておりますが、いやな事件が毎日のように続いています。こんな時にこそ声に出して読んでみたくなるようないい歌です。

Hakusan2

2008年1月 1日 (火)

新しき年

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

「新(あらた)しき年の初めの初春の 今日ふる雪の いや頻(し)け吉事(よごと)」大伴家持

今日ふる雪が重なって積もるように、吉事が続いてほしいという、おめでたい歌です。

これが万葉集の最後の歌であり、家持の最後の歌でもあります。
一見なにげない歌に思えますが、藤原氏全盛の時代にあって、数年前に大伴氏は奈良麻呂の変に加担したとして、何人もが罪に問われて悲惨な目にあっています。このような不穏な時代がなんとか終わってほしいという家持の願いがこめられているように思えます。
この歌で家持は万葉集をしめくくり、和歌の舞台から去りました。家持はこの後20年間生きているのですが、全く和歌は残っていません。

今の時代も不穏な事件が続きますが、いい年になってほしいという願いもこめて年の初めの歌としてこの歌を紹介したいと思います。

2007年11月23日 (金)

秋の夕暮れ 3

初雪も降り、秋から冬に変わろうとしています。本格的な冬になる前に三夕(せき)の歌の残りの1首を紹介しておきます。

「見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮れ」藤原定家、新古今集

見事な寂びの世界、「浦のとまや」は海岸にある漁師の小屋です。華やかなものはなんにもありません。

さてこの三夕の歌、皆さんはどれがおきにいりでしょうか?

「心なき身にもあわれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ」 西行

「さびしさはその色としもなかりけり 槇立つ山の秋の夕暮れ」 寂蓮

「見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮れ」 定家

窓から外を眺めてみると、サギがさびしそうに立っていましたので、おもわず写真をとりました。

Photo

2007年11月 1日 (木)

紅葉

すばらしい紅葉の写真です。nmzkさん、ありがとうございます。飛騨の方へいってこられたそうです。

この写真にふさわしい和歌は、既出になりますが菅原道真です。

「このたびは幣(ぬさ)もとりあえず手向山(たむけやま) 紅葉の錦 神のまにまに」菅原道真、古今集・百人一首

和歌の意味はこちらをご覧ください

http://wakaotazunete.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_1928.html

Hida

2007年10月24日 (水)

紫式部

昨日(9月23日)は十三夜だったそうで、きれいな月が見えました。

何度かコメントいただいているnmzkさんの撮ったすばらしい写真を使わせていただくことになりましたので、月が出てくる和歌です。

「めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに 雲隠れにし夜半(よは)の月影」紫式部、新古今集・百人一首

「めぐりあひて」なんていう言い方で、さすが紫式部はロマンチック・・・なんて初めは思っていましたが、めぐり合ったのは幼なじみの女友達で、会ったと思ったら月が隠れるようにすぐにいってしまって寂しい。という歌だそうです。

でも紫式部というと源氏物語のイメージが強くて、なんとなくロマンチックな歌に思えてしまいます。

夕べの月は雲には隠れなかったようですが、秋の月はいいものです。

Photo_2

雲に隠れた月も提供していただきました。こちらのほうがこの歌にはピッタリです。

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2007年10月17日 (水)

コスモス

夕暮れからちょっと離れますが、あちこちでコスモスの花が咲いていますね。コスモスの花を見ると思い出す歌があります。古典ではありませんが、すばらしい和歌だと思います。

「小さきは小さきままに 折れたるは折れたるままに コスモスの花咲く」曻地(しょうち)三郎

曻地先生は福岡県にある障害児施設「しいのみ学園」の園長をされています。3年ほど前に先生の講演を聞きとても感動しました。1906年生まれです。

先生自身のお子様も障害児で、子供たちへのやさしく力強い愛情がそのままこの歌にはあらわれています。どことなく万葉集のいぶきが感じられますよね。

Photo

写真はSNS「まだまだ現役」のLukeさん撮影のものです。

2007年10月15日 (月)

秋の夕暮れ 2

三夕(せき)の歌の2つ目です。

「心なき身にもあわれは知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ」新古今集・西行法師

やはり秋は夕暮れ。ということで西行法師の歌です。声に出して読んでみると実にいい感じで読めます。

夕暮れの沢から鴫が飛び立っていく。秋の空にぴったりのいい情景ですよね。沢に鴫が立っているとも取れるのですが、私は飛び立つのほうが合っているように思います。心なきは趣を理解しないとか言う意味ですが、武士だった西行が思い立って出家したことを思うと、この心なきは何か深い意味がありそうです。どうとらえてもすばらしい歌です。

シギをウィキペディアで調べたら写真がありましたので、ちょっとお借りしました。シギが沢に立っています。Photo

2007年10月 8日 (月)

浜木綿

浜木綿はハマユウなのですね!恥ずかしながら今日知りました。

今日は何があったかというと富山県高岡市で万葉集の講演会があり、それに行ってきました。万葉集研究で知られる「犬養 孝」先生をとりあげた東京大学名誉教授の稲岡耕二先生の講演でした。

その中で紹介されたのが柿本人麻呂の歌

「み熊野の浦の浜木綿百重なす心は念へど直に逢わぬかも」

「みくまののうらのはまゆうももえなす こころはもえどただにあわぬかも」

熊野ですから和歌山県の海岸、はまゆうが幾重にも重なっているように私の心も幾重にもあなたのことを思っているけれど、直接逢うことはできないのだ。という意味です。この歌を稲岡先生が朗誦するとまたいいのです。本当の万葉集に触れたような気がしました。

それで犬養先生と今日の稲岡先生は何を問題にしたのかというと、はまゆうが幾重にも重なっているのは花びらが重なっているのか、葉が重なっているのかということで、結局お二人の研究では花ではなく葉であると、何故かというと・・・説明に1時間かかります。

とにかく本当にいい講演でした。この人麻呂の歌、これまで知りませんでしたが、すばらしい歌です。

はまゆうの写真、宮崎県の観光のページにありましたので、つけておきます。

Hamayu

2007年10月 2日 (火)

秋の夕暮れ

急に涼しくなってきました。

秋は何かさびしいですね。でもこのさびしさもいいんですよね。

「さびしさはその色としもなかりけり 槇立つ山の秋の夕暮れ」 寂蓮、新古今和歌集

槇(まき)は杉や檜などの常緑樹で紅葉もなくほんとにさびしい景色を歌っています。新古今集の三夕(せき)の歌のひとつです。道真の紅葉の歌も紹介しましたが、この歌は全く色のない墨絵のような世界です。

2007年9月26日 (水)

中秋の名月

昨日は中秋の名月だったのですが、こちら(金沢)では雲が多くあまりきれいには見られませんでした。でも本当は今日のほうが満月に近いらしく、まんまるに見えるらしいです。旧暦は月の満ち欠けによっているのですが少しずれがあるそうです。

それではそんな夜にふさわしい歌。

「秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出ずる月の影のさやけさ」左京大夫顕輔、新古今集、百人一首

これはすばらしい歌です。雲の間から月光が射しています、「さやけさ」という表現もいいですね。月の影とは古語では月の光のことです。さて今晩が楽しみです。

※お知らせ

Yahooのカテゴリーに「和歌を訪ねて」のホームページが登録されました。“トップ > 芸術と人文 > 人文 > 文学 > >”とたどっていってください。もちろん検索しても出てきます。

http://dir.yahoo.co.jp/Arts/Humanities/Literature/Poetry/Waka/

URLも変わりましたのでお知らせしておきます。

http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/

今後ともよろしくお願いいたします。

2007年9月17日 (月)

香道

金沢で「和歌をテーマにお香を楽しむ」という香道の会が開かれたという記事が今朝の新聞に載っていました。香りをイメージする和歌は、

「このたびは幣(ぬさ)もとりあえず手向山(たむけやま) 紅葉の錦 神のまにまに」菅原道真、古今集・百人一首

この歌をイメージしてどういうお香がたかれたのでしょう。ちょっと難解な歌でいままでよく読んでみたことはなかったのですが、調べてみると結構おもしろい歌です。
幣とは神主さんが持っている紙のことで、この時代では旅立つ人を見送るときに色の絹(幣)を峠で撒く風習があったそうです。この歌が読まれたのは宇多上皇が吉野へ行かれるときにお供した道真が幣を用意できなかったので山の紅葉を幣に見立てて読んだものです。こうして読んでみるとなかなかいい歌ですね。さすが菅原道真!

で、なにが言いたいかというとこの歌を香道で表現するとどうなるのか???、今度こういう会があったらぜひ行ってみたいものです。

2007年9月14日 (金)

秋の夜長

秋の夜長、皆さん何をして過ごしていますか?秋の夜というと不思議と長い感じがします。この長い夜を有意義に過ごしたいものです、が、私の場合はというと・・・大好きな日本酒をチビリチビリと飲みながらすぐに寝てしまうというパターンが多い・・・

こんな秋の夜長にぴったりな歌が

「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む」
柿本人麿、万葉集、百人一首

山鳥というのはどんな鳥かよく知らないのですがとにかく尾のなが~い鳥なのでしょう。こんな夜に一人さびしく寝ているのがほんとに長く感じられるといういい歌ですね。

でもこの歌にはちょっと謎があります。作者は、かの柿本人麿。その代表作として百人一首に選ばれていますが、人麿の歌にはもっとすばらしいのがいっぱいありますよね。「東の野にかぎろいの・・・」とか、それにこの歌は万葉集では「読み人知らず」となっていてどうも人麿の作ではないようなのです。なぜ藤原定家が百人一首にこの歌を選んだのか?そこにはすごい暗号がこめられているという話があるのですが、これを書き出すと長くなるのでまたの機会にしますが、とにかく秋の夜長にはこの歌です。

百人一首の暗号の本はマイリストに載せておきました。興味のある方はどうぞ。

2007年9月11日 (火)

大伴家持1

大伴家持は大好きな歌人の一人です。富山県高岡市には家持にちなんだ展示館や史跡などが多くありよく出かけます。

「わがやどのいささ群竹(むらたけ) 吹く風の音のかそけき この夕(ゆうべ)かも」大伴家持、万葉集

竹の間を風が通る音を見事に表現しているすばらしい歌だと思います。実は春に書かれた歌のようですが秋になると思い出します。

Img_1661

2007年9月10日 (月)

秋の風

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」
藤原敏行
古今和歌集

秋の風が吹く頃になりました。この頃になると無性に和歌の世界に浸りたくなります。以前にも書いていたことがあるのですが1年で中断し、新たにスタートとなります。「秋来ぬと」は「あききぬと」と読みます。「おどろかれぬる」はビックリしたというのではなく、ハッとさせられたというところでしょうか。たまには風の音に静かに耳を傾けてみるのもいいものです。

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万葉集・古今和歌集・源氏物語などの古典の中の和歌を紹介していきます。古典和歌が好きで趣味で読んでおります。古典和歌の中には日本人の心のようなものが感じられます。私自身そんなに詳しくはないので勉強しながら紹介していくつもりです。

どなたでもコメントいただければ幸いです。

kazu

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