源氏物語

2009年7月31日 (金)

源氏物語:匂宮

源氏物語の中では女性の立場から見ると薫よりも匂宮のほうがどうもファンが多いようですので匂宮の歌を紹介します。前回紹介した薫の歌の次に出てきます。

「いづくにか身をば捨てむと白雲の かからぬ山をなくなくぞ行く」 匂宮
“いったいどこに我が身を捨てたらいいのか、雲のかかった山をなくなく私は帰ります”

薫は浮舟と匂宮の関係を知って、浮舟のいる宇治の山荘の警護を厳重にします。それと知らずに浮舟に逢いに来た匂宮は浮舟に逢うことが出来ず泣く泣く都へ帰ります。
これを聞いた浮舟はますますこの三角関係に身の置き場がなくなり死の決意をします。

源氏物語の中にはかなしい場面が数多く出てきますが、私はこのあたりから浮舟が入水するまでの部分が一番悲しいような気がします。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月28日 (火)

末の松山:浮舟

絶対に波が越えることはないという末の松山。
源氏物語にはその山を越えてしまったという歌があります。

浮舟の帖で、薫が浮舟に送った歌です。
薫は浮舟が自分を裏切って匂宮と密通していたことを知ってしまいます。

「波こゆるころとも知らず末の松 まつらむとのみ思ひけるかな」
“まさかあなたが心変わりしたとは思ってもみませんでした。私のことだけを待っているのかと思っていました”

歌にするとやんわりと非難しているようですが、この後に一言「笑い物にするな」と書いてあります。
これで浮舟は死を覚悟します。

かわいそうな浮舟ですが、薫もかわいそう。でもちょっと言い過ぎか・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月25日 (日)

雪(源氏物語、浮舟)

今日はひどく雪が降っています。
『袖打ち払う影もなし』という定家の歌のようです。

定家は源氏物語から連想してこの歌を詠んだようですが、宇治十帖で匂宮が浮舟を訪ねる場面がぴったりくるような気がします。

浮船は雪の中、宇治まではるばる宇治までやってきた匂宮を愛してしまい、
薫との三角関係に悩みます。

「峰の雪みぎはの氷踏み分けて 君にぞまどふ道はまどはず」 匂宮
“峰の雪や水際の氷を踏み分けても道に迷うことはないけれど、君には心が迷ってしまう。”

雪の中の山荘で二人は朝まで愛し合います。
私なんかは寒くなかったのか、なんて野暮な心配をしてしまいますが源氏物語にはそんなことは書いてありません。

サイドバーの和歌は定家のものに替えました。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2009年1月24日 (土)

アニメ 「源氏物語千年紀 Genji」

源氏物語のアニメの放送が始まりました。
ネット上では結構話題になっていますね。ブログ村のコミュニティーにもどんどんトラックバックが届いています。

にほんブログ村 トラコミュ 源氏物語へ
源氏物語

しかし、石川県では見られないweep
ので、まだ見ていません。

公式ホームページ
http://genji-anime.com/index.html

ホームページの画像です。これだけでも見たくなりますが、いつになったら・・・
Genji3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月10日 (土)

和歌で読む源氏物語

ホームページの源氏物語の部分を書き換えました。

和歌の一覧に訳と簡単な説明をつけ源氏と薫の年令もつけました。
源氏物語を初めて読む方や、読み返しておられる方の参考になればと思います。

「和歌で読む源氏物語」
http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/genji.html

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月25日 (木)

夢の浮橋

源氏物語の最後の帖は「夢浮橋」ですが、夢の中の浮橋のように実体がなくはかない、目が覚めれば消えてなくなっている。
これが結局、源氏物語のテーマだったような気がします。

そこで思い浮かぶのが新古今集の定家の歌

「春の夜の夢の浮橋とだえして 峰に別るる横雲の空」 藤原定家

これは大好きな歌なので、以前にも紹介していますが、
すべては春の夜の夢のようにはかない。目が覚めると峰にかかっていた雲がフッと消えていくという幽玄な歌です。
定家は源氏物語を最後まで読んでこの歌を作ったのでしょう。
私の源氏物語のイメージは定家の春の夜の夢とピッタリ重なります。

これまで紹介した歌は約80首、源氏物語の中には800首ほどのうたがありますから、まだまだいい歌がたくさんあります。
これからも少しづつ紹介していくつもりですので、よかったらまたお付き合いください。
しばらくは源氏物語にこだわらず、いろんな和歌に触れていきたいと思います。

これまで紹介した和歌はホームページに一覧にしてありますのでご覧下さい。
まだ途中ですが、私なりの訳もつけています。

http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/genji.html

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年12月23日 (火)

源氏物語(夢浮橋)

浮舟が小野の里にいるということを聞きつけた薫は、浮舟の弟の小君に文を持たせ浮舟のところへやります。小君は死んだはずの姉が生きていたので喜んで向かいますが、浮舟は弟にも会おうとせず、文も見ようとしません。
浮舟の記憶はある程度戻ったようですが、もとに戻ることをひたすら拒み、仏道の道に生きる決意をします。

「法の師と尋ぬる道をしるべにて 思はぬ山に踏み惑ふかな」
“僧都のことを仏道の師とあおいできましたが 思わぬ恋の道に踏み惑うことになってしまいました”

一時は仏道の道を歩もうとした薫ですが、どう間違ったのか女君の後を追いかけては、ふらふらしているという有様になってしまいました。
最後には浮舟には別の男がいて隠しているのではないかと疑います。

そして長い長い物語はここで終わります。

死のうとして死にきれず出家して仏道の道に入る浮舟と、
浮舟に会おうとする薫、

みなさんはこの源氏物語の結末をどう思われますか、わたしはこの二人に、栄華を極めた光源氏や他の女君と共にやりきれない空しさ寂しさを感じます。
結局紫式部が言いたかったのも、このあたりなのかと思いますが、私にはうまく表現する力量がありません。
夢の浮橋というタイトルがすべてを現しているようにも思われます。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月22日 (月)

源氏物語(手習)

宇治川に身を投げて死んでしまったと思われた浮舟ですが、川下で倒れて気を失っているいるところを、比叡山の横川の僧都(よかわのそうず)に助けられます。
身を投げようとして気を失ってしまい、後のことは覚えていません。

「身を投げし涙の川の早き瀬を しがらみかけて誰かとどめし」 浮舟
“涙のような宇治川の早瀬に身を投げた私を 誰がしがらみを架けて助けてくれたのでしょう”

しがらみとは川をせき止めるための柵のことです。
悲しくていい歌ですね。

そして浮舟は出家し、小野でひっそりと暮らしています。
薫は浮舟が生きているといううわさを聞きます。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年12月20日 (土)

源氏物語(蜻蛉)「浮舟入水」

浮舟は夜の間に屋敷を抜け出して宇治川に身を投げます。
物語では浮舟が身を投げる場面は書かれておらず、朝になって行方がわからなくなったことになっています。
遺体も見つからないので死んだのだろうということで葬式もあげてしまいます。

薫は当然ショックを受けます。
が、しばらくすると困ったことにまた他の姫君を誘ったりしていて理解しかねます。

そのあげく結局恋とは思い通りにはならないものだとつぶやいたのが次の歌です。

「ありとみて手には取られず見ればまた 行方も知らず消えし蜻蛉」  薫
“そこにあるようで手に取ることができない 見ようとしても蜻蛉のようにどこかに消えてしまう。”

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月18日 (木)

源氏物語(浮舟)その弐

自殺を決意した浮舟は母君に歌を書きます。

「のちにまたあひ見むことを思はなむ この世の夢に心まどはで」  浮舟
“この世の夢には惑わされずあの世でまた会うことを願っています。”

「鐘の音の絶ゆる響きに音をそへて わが世つきぬと君に伝へよ」  浮舟
“鐘の音が消えてゆくように 私の命も尽きたとつたえて下さい。”

浮舟に残された道はこれしかないのでしょうか。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月17日 (水)

源氏物語(浮舟)

薫が隠してしまった浮舟の居所を匂宮は嗅ぎつけ、薫のふりをして宇治の浮舟のもとへ忍び込みます。強引に一夜を共にしてしまいます。
薫ではないと気付いた浮舟ですが、この歌のやり取りでもわかるように匂宮を愛してしまいます。

「長き世を頼めてもなほ悲しきは ただ明日知らぬ命なりけり」 匂宮
“あなたとの行く末を誓っても 悲しいのは明日の命もわからないことです。”

「心をば嘆かざらまし命のみ 定めなき世と思はましかば」 浮舟
“わからないのが命だけならば なにも悲しんだりはいたしません。”

薫と匂宮の間で悩みぬいた浮舟はついに自殺を決意します。

今日も冬の北陸とは思えぬよい天気です。
窓から裏の畑の方を見てみるとキジのカップルが仲良く歩いていました。
人間の世界ではなぜこの鳥のようにうまくいかないのか、などと考えてしまいます。

Kiji

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月16日 (火)

源氏物語(東屋)

浮舟に亡き大君の面影を見て、なんとか自分のものにしたいと思っている薫は、匂宮も浮舟のことを狙っていることを知り、宇治へ浮舟を連れて行き隠します。
その道すがら車の中で浮舟を抱きしめながら薫が読んだ歌です。

「形見ぞと見るにつけては朝露の 所せきまでぬるる袖かな」
“大君の面影をこの人に見ながら進んでいると 宇治川の朝露と涙で袖も濡れてしまいます”

牛車でさびしく宇治へ向かうロマンチックなシーンですが、やはり浮舟はかわいそうです。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月12日 (金)

源氏物語(宿木)

大君が亡くなり悲嘆にくれていた薫は、宇治で浮舟の姿を垣間見ます。

また垣間見から悲劇がはじまります。
最後のヒロインは浮舟。
浮舟は故八宮の娘なのですが、正妻の子ではなかったのでこれまで会うことはなかったのですが、なんとその姿は今は亡き大君にそっくりで、薫は一目見ただけで心を引かれてしまいます。

「かほ鳥の声もききしにかよふやと しげみを分けてけふぞ尋ぬる」
“かほ鳥の声も以前聞いたことがあるように思えて 茂みをかき分けて訪ねてきました”

“かお鳥”とは、どんな鳥なのかよくわからないのですが、辞書には春になく美しい鳥、とあります。浮舟の顔があまりにも美しいのでこういう鳥にたとえたのでしょう。
薫は、きまじめ・堅物などといわれる性格だけに、一度思いつめると止まりません。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月 8日 (月)

源氏物語(早蕨)

中の君は匂宮に強引に結婚させられます。
父八の宮が亡くなり、病気気味だった大君が亡くなり、
残された中の君は悲しみにくれます。

匂宮は中の君を京に連れて行くことになり、宇治を離れなければならない中の君はますます悲しみにくれます。

「ながむれば山よりいでてゆく月も 世にすみわびて山にこそ入れ」 中の君
“山から出た月もこの世にすみ侘びて山に帰ってゆく 私もそうなるのでしょうか”

京へ向かう道中、月を見ながら寂しい歌を読みます。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月 4日 (木)

源氏物語(総角)

八宮も亡くなり宇治の山里にさびしく暮らす美しい姉妹に薫と匂宮は思いを寄せます。こう書けばきれいなのですが、ほとんどストーカーです。
姉妹のほうは非常に困っています。

今度は薫が大君に歌を送ります。

「あげまきに長き契りを結びこめ おなじ所によりもあはなむ」
“あげまき結びに末長い契りをこめて 一緒に暮らしたいものです”

「ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に 長き契りをいかがむすばむ」 大君
“つなぎとめることも出来ない涙の玉なのに 末長い契りなど結ぶことは出来ません”

総角(あげまき)というのは紐の結び方のことです。
イラストで薫が持っているのが総角結びです。

Ge_age 「和歌の総角」より

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 2日 (火)

源氏物語(椎本)

薫から宇治の姫君の話を聞いた匂宮は、なんとか会ってみたいと思い長谷寺詣での帰りにわざと宇治に一泊します。下心ありありです。

匂宮はさっそく桜の枝を折り歌を添えて送ります。

「山桜匂ふあたりに尋ねきて おなじかざしを折りてけるかな」 匂宮
“山桜の匂う宇治まではるばる訪ねてきて あなたが挿しているのと同じ花を折ってきました”

歌を送られた姉妹は困ってしまいます。姉の大君(おおいきみ)はかかわりたくないので妹の中の君の返事をさせます。

「かざし折る花のたよりに山がつの 垣根を過ぎぬ春のたびびと」 中の君
“私ども住まいを訪ねてくださったのは 花を折るついでだったのでしょう”

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月28日 (金)

源氏物語(橋姫)

ここから宇治十帖が始まります。
光源氏はすでに亡くなっており、ここからの主役は薫と匂宮です。

舞台は宇治、源氏の腹違いの弟である八の宮が隠居生活を送っています。薫は仏道の修行をしている八の宮に惹かれ宇治に通います。
そこで八の宮の娘の大君(おおいきみ)と中の君を垣間見てしまいます。

仏門に入ろうかと思っている薫ですが、一度見てしまったらもう忘れられません。例によってここから物語が始まります。

薫は大君に歌を送ります。

「橋姫の心をくみて高瀬さす 棹のしづくに袖ぞ濡れぬる」
”橋姫のようにこの山里で暮らしているあなたを思うと 涙で袖が濡れてしまいます”

大君も返します。

「さしかへる宇治の川長(かわおさ)朝夕の しづくや袖を朽たしはつらむ」 大君
”宇治川の船頭のように 私の袖も涙で朽ちてしまいます”

前にも書きましたが宇治の橋姫には二通りの伝説があって、
「さむしろに衣かたしき今宵もや 我をまつらん宇治の橋姫」の歌に読まれるように恋しい橋姫と、仲のいい男女を鬼となって殺してしまう恐ろしい橋姫の話しが伝わっています。

ここではもちろん前者でしょうが、ここからの展開はどうも恐ろしい橋姫がからんでいるように思えてなりません。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月26日 (水)

源氏物語「宇治十帖」

このブログも源氏物語をここまで和歌を中心に読んできて、いよいよ「宇治十帖」に入ることになりました。

宇治十帖は、源氏物語の中でも一番好きな部分です。宇治にも何度も通いました。宇治川と橋、宇治上神社、平等院、源氏物語ミュージアム等、何度も行きました。

百人一首の
「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の綱代木」 権中納言定頼
は、まさにこの物語を象徴しているように思われます。

先日、田辺聖子さんの訳を書店で見つけ、いま読んでいるところです。瀬戸内寂聴さんの訳は原文に忠実でなおかつ読みやすいというすばらしい訳ですが、田辺聖子さんの訳は、原文に忠実ではありませんが現代小説としても読めるこれまたすばらしいものです。

最初の部分だけでもすごく惹きつけられますので、ちょっと紹介しておきます。
「竹河」の帖から始まります。

「霧ふかき宇治の恋」
(---自分はどこから来たのだろう・・・いったい、自分は誰の子なのだろう・・・)
青年、薫の悩みは深い。
しかもその悩みを人にうちあけられない。・・・

こんな出だしです。これだけでこのあとどうなるのか心配になってきますね。

では、次回からまた和歌を取り上げて宇治十帖を読んでいきたいと思います。よかったらお付き合い下さい。

霧ふかき宇治の恋―新源氏物語〈上〉 (新潮文庫)

霧ふかき宇治の恋―新源氏物語〈下〉 (新潮文庫)

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008年11月25日 (火)

映画「千年の恋」

先日石山寺へ行ったときに映画「千年の恋」で使われていた衣装が展示されていました。
2001年の封切りのときは見たのですがもう一度見てみようかということでレンタルDVDを借りてきて見ました。

松田聖子が歌をうたいながら空を飛んでいたり、玉鬘が裸で水浴びをしていたりとつっこみどころはいろいろありますが、改めて見てみると結構楽しめました。
この映画では光源氏と紫の上の関係は最後にはかなりこじれていて、紫の上の最後のシーンでも光源氏は登場せず明石の姫君だけが出てきます。前に見たときにはこういう細かいところは見逃していました。
紫式部と藤原道長、清少納言との関係もよくわかります。

7年前の映画ですが、もう一度みてみてはいかがでしょうか。

写真は紫式部役の吉永小百合と紫の上の常盤貴子が着ていた衣装です。

1 2 

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年11月24日 (月)

源氏物語(竹河)

この時代、催馬楽(さいばら)という歌がはやっており、その中の竹河を薫が歌ったところからこの帖名がついています。

どこで歌ったかというと玉鬘の御殿です。
玉鬘といえば、髭黒の大将に無理やり犯されかわいそうな結婚生活を送らざるをえなかったのですが、結局は5人の子供も出来、髭黒はもう亡くなってしまいましたが幸せな人生を歩んでいるのです。
その一番上の姫君、大君(おおいきみ)を薫は狙っていたようなのですが、玉鬘は冷泉院に差し出します。
冷泉院は玉鬘のことが今でも好きで髭黒に取られてしまったことを根に持っているので大君のことは仕方なかったようです。

こんなこともあり薫はまだ若いのですがご隠居みたいな歌を読みます。

「流れての頼めむなしき竹河に 世は憂きものと思いしりにき」
“時は流れ竹河を歌った頃の希望もなくなり 世の中は悲しいものと知りました”

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月23日 (日)

源氏物語(紅梅)

「心ありて風の匂はす園の梅に まづ鶯の訪はずやあるべき」 按察大納言
“こころがあって風が匂いを送る園に 鶯が来ないはずがありません”

按察大納言(あぜちだいなごん)とは今はなき頭中将の次男で、兄の柏木が若くして亡くなったので家をついでいます。
その2番目の中の姫君を光源氏の血を受け継ぐ匂宮に嫁がせたいと、娘に代わってせっせと歌を送っています。本人はそんな気はさらさらないようですが・・・。

このあたりの帖は「匂宮」「紅梅」「竹河」の3つで「匂宮三帖」と呼ばれることもあり、宇治十帖へのプロローグのような部分です。作者は紫式部ではないという説もありますが、光源氏が死んでから宇治十帖までの大切なつなぎの部分です。

しかしよく読んでみるとかなり関係が複雑です。

匂宮が本当にすきなのは、大納言がすすめるこの中の姫君ではなくて、北の方の連れ子である姫君です。(北の方とは正妻のことです。)
今の北の方はもとは蛍兵部卿の北の方であり、故髭黒の大臣が玉蔓と結婚したときに出て行った前の北の方(真木柱)の姫君です。

今の説明がすんなりわかった方はかなりの源氏通です。私もいつもは読み飛ばしていましたが、今回調べなおしてやっとわかりました。たぶん^^;

とにかく今回言いたいのは光源氏の血を引く匂宮が、やはりかなりの女たらしだということです。それに比べて薫は堅物で自分の出生に悩み出家まで考えています。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月22日 (土)

源氏物語(匂宮)

正式な帖名は匂兵部卿(におうひょうぶきょう)です。
光源氏亡き後、ここからは薫が主人公です。

薫は源氏と女三宮(おんなさんのみや)との間に生まれましたが、ご存知の通り実は柏木と女三宮の不義の子です。生まれながらにして芳香を放つというすばらしい体質の持ち主です。

そして匂宮(におうのみや)は明石の中宮と今上帝(きんじょうてい)の間に生まれた三の宮です。明石の中宮は明石の君の娘ですから、源氏の孫ということになります。

この二人はライバルとしてこの後の物語の中心となります。光源氏と頭中将のような関係ですね。
世間的には薫は源氏の子ということになっていますが、実は出生に秘密があるのでは?と薫自身も気付きはじめています。

「おぼつかな誰に問はましいかにして はじめも果ても知らぬわが身ぞ」
“生まれもこの後もなにもわからない私は いったい誰に問えばいいのだろう”

なにかかわいそうになりますね。

薫と匂宮の家系がややこしくなってきましたので、このあたりでまた系図を載せておきます。

Keizu

角川書店「源氏物語必携事典」より

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月17日 (月)

源氏物語(雲隠)

この帖はタイトルだけで、本文がありません。
が、内容としては光源氏の死が書かれているはずです。
これに関してはいろいろな説があります。

1.この巻には光源氏の死が描かれており、これを読んだ者たちが世をはかなんで次々と出家してしまったため時の天皇の命により内容を封印してしまった。

2.この巻の内容はどこかに密かに残されている。

3.わざとタイトルだけの形にした。

1.2.はWikipediaより引用しました。
3は丸谷才一氏もこの説を採り、瀬戸内寂聴さんも訳本の解説でもこの説を書かれています。

私も3の説を採りたいと思います。幻の帖の最後で「この世のものとは思えないほど美しい姿」を見せた源氏の死ぬ場面は書かないほうがいいとおもったのかもしれません。
いづれにしても、ミステリアスですね。タイトルも「雲隠」です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年11月16日 (日)

源氏物語(幻)「光源氏、死を覚悟する」

光源氏もいよいよ死を覚悟します。
この時代52才でもう覚悟しなければならないのですね。

出家の決意もし紫の上とかわした文も泣きながら焼き捨てます。
栄華の頂点にいた光源氏が泣きながら手紙を焼いているという姿は、想像するだけで悲しいというか、あわれですね・・・。

「もののあわれ」とはこんな場面をいうのでしょうか。
紫式部が一番書きたかったのはこの部分なのかな、とも思います。

年の暮れに読んだ歌です。光源氏が詠んだ最後の歌になります。

「もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに 年もわが世も今日や尽きぬる」 光源氏
“もの思いにふけっているうちに 今年も私の年も今日で尽きてしまうのですね”

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年11月 7日 (金)

源氏物語(御法)「紫の上の死」

源氏物語の中でも一番悲しい場面です。クライマックスといってもいいでしょう。

紫の上が亡くなる前に少しだけ体を起こし庭の萩の上露をみて歌を読みます。
源氏と明石の中宮がそれに答えます。
明石の中宮は源氏と明石の君の子ですが、小さいときから紫の上が育てました。最後に手をとるのは明石の中宮です。

「おくと見るほどぞはかなきともすれば 風に乱るゝ萩の上露」 紫の上
“起きては見ましたが私の命は 風に乱れる萩の上露(うわつゆ)のようにはかないものです”

「ややもせば消えをあらそふ露の世に 後れ先だつほど経ずもがな」 光源氏
“ともすれば先を争って露のように死んでゆく世の中ですが、私も一緒に死にたいものです”

「秋風にしばしとまらぬ露の世を たれか草葉のうへとのみ見む」 明石の中宮
“秋風に吹かれとどまることのない露を 誰が草の上だけのことだとおもうでしょうか”

三人が同じ萩の葉の上の露を見て、はかない命を歌にします。

紫式部はなぜ源氏ではなく中宮に最後に手を握らせたのか、いろんな説があるようですが、私も最後は源氏と二人きりのほうがよかったような気がしますが・・・ほんとに悲しい場面です。

イラストはいつもお世話になっているアゲマキさん作です。

Okuto

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年11月 5日 (水)

源氏物語(夕霧)

この帖は源氏の長男夕霧が主役です。

まじめなだけがとりえのような夕霧。恋もこれまでは雲居の雁と苦労の末結ばれ、幸せな結婚生活を送っていたはずなのに、このようなまじめな青年が一度乱れだすと誰に求められません。
なんと亡くなった柏木の未亡人、女二宮に恋してしまい拒む宮と無理やり一夜を明かしてしまいます。

その朝、

「荻原や軒端の露にそぼちつつ 八重立つ霧をわけてゆくべき」 夕霧
“軒端の外の萩の原の露に濡れながら 霧の中を淋しく帰ります”

「わけゆかむ草葉の露をかごとにて なほ濡れ衣をかけむとや思ふ」 女二宮
“あなたが踏み分けて行く草葉の露にかこつけて まだ私に濡れ衣を着せようとなさるのですか”

ひどい仕打ちを受け女二宮は完全に怒っています。この後も夕霧は宮に無理やり迫りますが心はうちとけず、正妻の雲居の雁も怒って実家へ帰ってしまいます。

やはり夕霧は源氏の子、血筋は争えません。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年11月 1日 (土)

源氏物語(鈴虫)

出家した女三宮を源氏は訪ねます。といっても六条院の中なのですが。
物語の中では出家した後なので尼宮と呼ばれます。

尼宮は秋の虫の声を聞きながら、歌を読みます。源氏も歌を返し、琴を弾きます。
そこへ十五夜の月が上がるという、しっとりしたいい場面です。

「おほかたの秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声」 女三宮

“秋といえば悲しいものとはわかっているのですが、鈴虫の声を聞くと様々のことが思い出されます。”

「心もて草のやどりをいとへども なほ鈴虫の声ぞふりせぬ」 光源氏

“みずから出家したあなたですが、いまだに鈴虫の声のようにお美しい”

この鈴虫の帖にも、国宝源氏物語絵巻が残っています。女三宮との場面と、この後すぐに呼ばれて行った、冷泉院での場面です。
右側の絵は皆さん見たことがありますね、今はあまりみられなくなった二千円札です。
左が冷泉院、右が源氏です。

Suzumusi1_2 Suzumusi2_2

「よみがえる源氏物語絵巻 NHK名古屋放送局発行」より

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月28日 (火)

源氏物語(横笛)

夕霧は柏木が亡くなり未亡人となった女二宮を訪ね、柏木が肌身離さず持っていた横笛を譲り受けます。

その後、夢の中に柏木の亡霊が出てきてその笛は他に譲りたい人がいるのだと意味深なことを言います。

「笛竹に吹き寄る風のことならば 末の世長きねに伝へなむ」 柏木の亡霊

”笛竹に吹き寄る風、どうせなら末永くこの子に伝えたい”
この子とは源氏と女三宮との間に生まれた薫のことでしょうが、夕霧は薫が柏木の子だということを知りません。どうも顔立ちは柏木に似ているので、疑っているのですが、源氏に聞いてもはっきりとは言いません。

その薫は2才になり、すでに常人ではない美しさというのですから、また波瀾を呼びそうな雰囲気です。

p.s.ホームページのほうを大幅に変更しました。これまでに紹介した和歌のリストも作りましたので、このブログの目次としてもご利用下さい。

http://homepage3.nifty.com/wakaotazunete/

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

源氏物語(柏木)

女三宮は男の子を出産します。源氏の子ということになっていますが、実は柏木との不義で生まれた子です。

柏木は源氏の一睨みで寝込んでいましたが、そのまま回復せずとうとう死んでしまいます。源氏に責められたことから来る心の病です。恐ろしいものです。

源氏は女三宮に対してもきついことを言います。

「誰が世にか種はまきしと人問はば いかが岩根の松はこたへむ」 光源氏

“いつか誰かに誰が種を蒔いたのかと聞かれれば 岩根の松のようにかわいいこの子は何と答えるだろうか”

こう言われて女三宮もますます悲しくなります。源氏も実の子ではないこの子を抱いて心境は複雑です。

源氏がこの子を抱いているところの国宝源氏物語絵巻がありますので、復元模写で紹介しておきます。
(よみがえる源氏物語絵巻より)

源氏の表情が悲しげです。この子が、この後の宇治十帖の主人公となる薫です。

Kasiwagi

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月24日 (金)

源氏物語(若菜下)その4

若菜の帖は、改めて読んでみるとやはり充実していますね。様々なエピソードが入り組んで進んでいきます。

さて、柏木はいったいどうなるのか?
ここでは、その状況だけをかいつまんで追ってみます。今回は和歌はありません。

女三宮は、なんと柏木の子を宿してしまいます。50も近い源氏は、今まで長い間子供は出来なかったので、さすがにあやしみます。そしてついに柏木が送った手紙をみつけてしまい、すべて知ることになります。
激怒した源氏は、宴会の席で柏木をにらみつけ、それとなくいやみな言葉を言います。周りの者は気づきませんが柏木は大変なショックを受け寝込んでしまいます。

しかし、よく考えてみると源氏も同じ過ちを藤壺とおかしていたのです。自分も罪深いことをしたのかと悩みます。

そして、物語は第36巻、柏木の帖へと続きます。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月18日 (土)

源氏物語(若菜下)その3

なんと病に臥せり二条院へ移っていた紫の上がお亡くなりになられたとの知らせが六条院へ届きます。突然の知らせに驚いた源氏はもうパニック状態で紫の上の元へ駆けつけます。

あきらめきれない源氏は高名な僧たちを呼び集め加持祈祷させます。

すると、小さな女の子に乗り移った怨霊が現れ、あまりに源氏が悲しむので殺すのをやめたといい、紫の上は息を吹き返します。

怨霊の語っていることから、これはまたも六条御息所だとわかります。さすがは六条御息所、怨霊になって出てきても和歌を詠みます。

「わが身こそあらぬさまなれそれながら そらおぼれする君は君なり」 六条御息所の怨霊
“私はこんなあさましい姿になりはてましたが いつまでもとぼけているあなたは変わりませんね”

六条御息所はついに怨霊となって魔界をさまよう身になってしまいました。紫の上を殺そうとまでした怨霊ですが、自分の娘の秋好中宮は源氏のお世話になっているので、そのへんは一応感謝しているようです。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月15日 (水)

源氏物語(若菜下)その2

柏木はますます女三宮のことが忘れられず、とうとう屋敷に忍び込んで思いを遂げてしまいます。女三宮はあまりのことにショックを受けます。

柏木と一夜明かした後の女三宮の歌です。

「明けぐれの空に憂き身は消えななむ 夢なりけりと見てもやむべく」 女三宮
“夜明けの暗い空に消えてしまいたい 夕べのことは夢だったと思いたい”と悲しみます。

女三宮は悲しさのあまり寝込んでしまいます。その頃、紫の上も病気になり寝込みます。
源氏の回りではすべてが悲しい方向へ向かっているようです。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

源氏物語(若菜下)

柏木の女三宮への執着はますます強くなっていきます。

六条院で女三宮を垣間見てしまう、あの原因を作ったのは御簾に紐を絡ませた子猫ですが、
なんとその子猫を理屈をつけて貰い受け、女三宮のことを想像して一緒に寝たりしています。

「恋ひわぶる人のかたみと手ならせば なれよ何とて鳴く音なるらむ」 柏木
“恋こがれている人の代わりと思ってかわいがっているのに、おまえはどうしてまだ鳴くの”

ここまでくると、もう変質者です。猫の鳴き声も「ねうねう」(寝よう寝よう)と聞こえ、ニヤニヤしています。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月 9日 (木)

源氏物語(若菜上)その2

女三宮が悪いわけではないのですが、この人が登場してから次々と悲劇が起こります。
まず今回の悲劇の主役は柏木です。
その発端は例によって「垣間見」です。夕霧達と蹴鞠をしているところへ猫が走り出てきます。その猫に付けてあった紐が女三宮の御簾にからまり、御簾がめくれ上がったことで女三宮の姿が見えてしまいます。
それから柏木は取りつかれたかのように女三宮に夢中になってしまいます。

しかし、なんといっても源氏の正妻ですからどうにもなりません。源氏が出家でもすればチャンスは巡ってくるか、なんてことも考えています。

「いかなれば花に木づたふ鶯の 桜をわきてねぐらとはせぬ」 柏木

六条院から夕霧と一緒に帰る車の中で、こんな歌をつぶやきます。“どうして花から花へ渡っていく鶯は、桜だけをねぐらとしないのか”柏木は源氏が紫の上ばかりかわいがっているので女三宮がかわいそうだと思っています。紫の上はそうは思っていないのですが・・・

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

源氏物語(若菜上)

ここから源氏物語は第二部に入ります。
第一部では、この世の星と言わせるほど、頂点まで上り詰めた源氏ですが、ここからはこれまでのようにはいきません。源氏自身もそうですが、周りの登場人物も、悲劇的な運命をたどります。

この若菜の帖は紫式部も力を入れていて源氏物語の中でも最高傑作とも言われています。上下合わせると約270ページ(瀬戸内寂聴訳)、だいたい他の帖が2、30ページで来ていますから、力の入れようがわかります。
源氏物語は若菜から読めという人もいますが、最初から読まないとやはり筋書きがよくわからないので私はおすすめしません。

さて、ここで初めて登場するのが女三の宮(おんなさんのみや)。源氏の腹違いのお兄さんである朱雀院の娘です。
病弱の朱雀院から源氏の正妻にと頼まれます。このとき源氏は40才、女三の宮は14、5才。さすがの源氏も断りますが、結局断り切れず正妻に迎えることになります。この後、朱雀院は出家し西山の御寺にはいります。この御寺が今の仁和寺です。先日訪ねた時の写真がフォトギャラリーにありますのでご覧ください。

いくら乗り気ではないとはいえ、こうなるとますますショックを受けるのが紫の上です。

「目に近くうつればかはる世の中を 行く末遠く頼みけるかな」 紫の上

“目のあたりに変わっていく世の中にあっても あなたとの仲は行く末まで変わらないと思っていましたのに”というけなげな紫の上を残して、源氏は女三宮の所へ通います。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

源氏物語(藤裏葉)

源氏の息子夕霧は、頭中将の娘、雲居雁との結婚がようやく許されることとなりました。

明石の君は同じ六条院の中にいながら何年も会うことのできなかった姫君にやっと会うことができました。

頭の中将は太政大臣(だいじょうだいじん)になります。

源氏は準太上天皇(じゅんだいじょうてんのう)になります。準太上天皇というのは天皇が譲位した後の位に準ずるという位で、これで最高の地位まで上り詰めてしまったということになります。

頭の中将は源氏と一緒に舞った青海波のことを思い出します。でもやはり源氏は特別の人だったのだなあと思い、歌を送ります。頭の中将は源氏のよきライバルでしたがやはり源氏にはかないませんでした。紫の雲、菊の花、世の星、これ以上の讃辞はありません。

「紫の雲にまがへる菊の花 濁りなき世の星かとぞ見る」 太政大臣

まさに♪地上の星♪です。とうとうここまできてしまいました。
しかし、来年は40歳になります。この時代、余生も長くはありません。息子もなんとか落ち着いたようです。
源氏は出家を考えます。

栄華を極めれば後は寂しいものというのが、源氏物語を読んでいるとしみじみと感じられます。

光源氏の栄華の物語は、ここで一区切り、第一部を終えます。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年9月30日 (火)

源氏物語(梅枝)

玉鬘もいなくなった六条院ですが、明石の姫君の御裳着(おんもぎ)の儀が近づいています。御裳着というのは女の子の元服の儀式のようなものです。

源氏は優雅に香の調合に夢中になっています。様々な香木の調合の仕方で香りが変わり奥が深いのです。時代はずっと後になりますが、源氏物語を題材にした源氏香というのもありますね。
今でも香道はずっと続いており、ここ金沢でも結構盛んなようです。私はそういう場所には行ったことがないのですが^^;

さて、そんなおり朝顔の前斎院から香が届きます。歌も添えられており、

「花の香は散りにし枝にとまらねど うつらむ袖に浅くしまめや」 朝顔の前斎院

“花の香は私のような散ってしまったものには移りませんが、姫君の袖には深く香ることでしょう”、浅くしめまやというのは、あさく染むことはないという反対の表現です。

それにしても久々に朝顔の君が登場しました。源氏のアタックにはことごとく拒んでいましたが、なかなか粋なことをします。今でも源氏を受け入れる気持ちはないと思いますが・・・

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月28日 (日)

源氏物語記念切手

源氏物語一千年紀記念切手というのが9月22日に発売されました。さっそく近くの郵便局で買ってきました。源氏物語絵巻や紫式部日記絵巻の美しい図柄です。のこり僅かだそうです。

Kitte1

実は郵便局のおじさんが「源氏物語の切手をください」と言って、最初に出してきたのが、「百人一首」の記念切手。
7月のふみの日に発売されたもので、~源氏物語の時代の歌人たち~とタイトルが付いているので間違いとは言えないのですが・・・、
こちらのほうはいっぱい在庫があるらしく、百人一首の図柄もきれいだったので、思わずこれも買ってしまいました。

Kitte2

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月26日 (金)

源氏物語(真木柱)「玉鬘の結婚相手が決定!」

突然ですが玉鬘の結婚相手は髭黒の大将に決定いたしました!

なんで?!、という人も多いと思いますが、
実は髭黒の大将が玉鬘の屋敷へうまく入り込み強引に思いを遂げてしまったのです。この時代の風習として、こうなってしまったら結婚しなければならないらしく、玉鬘は大っきらいなオヤジだったのですが、もうどうしようもありません。

もちろん源氏もガックリきておりますが認めざるをえません。
いまさらどうにもなりませんが玉鬘にこんな歌を送ります。

「おりたちて汲みは見ねどもわたり川 人の瀬とはた契らざりしを」 光源氏
“あなたとは深い仲にはなりませんでしたが、三途の川でもほかの男に手を取らせようとは思いませんでした”わたり川とは三途の川です。

玉鬘も今となっては源氏の方がまだよかったと思っているようです。

髭黒の大将だけは、もう有頂天で毎日六条院へ通っています。
そんな様子では、正妻の北の方はたまりません。
日頃からヒステリックなところがあったのが、爆発して大将に香炉の灰をぶっかけるというすごいことをします。
こんなこともあり北の方と姫君は里帰りします。
髭黒の大将は、まだ玉鬘にせまろうとする源氏や蛍の宮が気が気ではないので、玉鬘を六条院から自分の屋敷に引取ります。

かわいそうな玉鬘です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月23日 (火)

源氏物語(藤袴)

玉鬘争奪戦も佳境に入ってきました。その顔を垣間見てしまったばかりにとりこになってしまった夕霧の中将は、しつように玉鬘に迫ります。

「同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも」 夕霧

“共に藤色の喪服を着ている境遇の二人なのですから少しでもいいから私のことを愛してください”
というような意味ですが、ここはちょっと解説を。

なぜ喪服を着ているかというと、大宮がなくなったからでして、この二人は大宮の孫に当たるのです。
大宮というと故桐壺帝の姉妹で、その子供が葵上と頭の中将で、夕霧は源氏と葵上の子供で、玉鬘は頭の中将と夕顔の娘なので、夕霧と玉鬘は大宮の孫なのです。だから二人とも喪服を着ているわけです。私も今回系図をじっくり眺めてみてやっと理解しました。あ~ややこし~

それにかこつけて夕霧は玉鬘の所に藤袴の花を差し入れ、それを取ろうとした玉鬘の袖を捕まえますが、玉鬘は奥の方へ逃げてしまいます。まあ親が親なら子は子で困ったものです。

Keizu

ややこしいので系図を載せました。(角川書店:源氏物語必携辞典より)

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月21日 (日)

源氏物語(行幸)

帝が大原野の方へ行幸(ぎょうこう:帖のタイトルはみゆきです)されました。
帝のお姿を一目見たいと、六条院の女君達もこぞってでかけます。もちろん玉鬘も帝を見に出かけます。

玉鬘はそのお姿を一目見てまいってしまいます。なんといっても光源氏と紫の上の息子なのですから美男子なのは当然です。オヤジの光源氏よりもずっといいと思います。
そしていつも源氏や、息子の夕霧などを間近に見ているので目が肥えています。付き添っている蛍の宮や髭黒の大将などは、そんなイケメン達に比べられるものですからたまったものではありません。髭黒の大将などは色は黒いし髭は濃いし、というので完全に嫌われています。

源氏は行幸見物にはいかなかったのですが帝に歌を送ります。

「小塩山みゆきつもれる松原に 今日ばかりなるあとやなからむ」 光源氏

“小塩山というのは大原にある山、「みゆき」は行幸と雪をかけています。「つもれる」は雪が積もると行幸が何度もあったということをかけているのでしょう。ということで、こんな盛大な行幸はこれまでなかったでしょう。という意味ですね”さすがは紫式部。こんな歌が次から次へと出てくるのですから。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月20日 (土)

源氏物語(野分)「六条院が台風に!」

台風が各地で吹き荒れておりますが、被害にあわれた方にはお見舞い申し上げます。

この帖の主役は夕霧の中将、ここ六条院でも野分(のわき:台風のこと)が吹き荒れました。その風のおかげ?で夕霧のは思わぬものを見てしまいます。まずは紫の上のお顔、強風で御簾がまくれ上がり女房達は必死で押さえているのですが、夕霧は紫の上の顔を見てしまいます。あまりの美しさに茫然としています。源氏は紫の上だけは息子には見せまいと思っていたのですが、どうも見られてしまったのではないかと疑っています。

台風も収まって、源氏は各屋敷をお見舞いに回ります。玉鬘のところでは相変わらずいちゃいちゃして玉鬘も源氏に寄り掛かったりしています。

「吹き乱る風のけしきに女郎花(おみなへし) しをれしぬべきここちこそすれ」光源氏

“吹き乱れる女郎花のように わたしも死んでしまいそうです”とまた意味深な歌を送ります。

実は、夕霧はこの様子を見ていました。夕霧は源氏と玉鬘は実の親子だと思っているので、なんといやらしいことだとショックをうけます。そしてその美しさに自分の姉ではなかったらどうなっていただろうと思います。

夕霧はこの時15才。多感な年ごろに源氏物語の中でもトップを争う美女2人、紫の上と玉鬘を見てしまい、もう放心状態です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月17日 (水)

源氏物語(篝火)

このあたりの帖はなかなか物語が進展しません。玉鬘はいったいどうなるの?という読者の心配をよそに源氏は今日も玉鬘のもとへ、今夜は篝火(かがりび)をたいてムードを出し、琴を枕に添い寝までしています。でも手をつけるのはあきらめた様子で、玉鬘も少しは安心しているようです。

「篝火にたちそふ恋の煙こそ 世には絶えせぬ炎なりけれ」 光源氏

“あの篝火にそって上がっていく煙こそ私の恋の消せぬ炎なんですよ”
と、また気障なセリフで玉鬘をくどいています。

そんな時、対岸の花散る里の御屋敷からは源氏の息子たちが笛を吹いたりして遊んでいるのが聞こえてきます。源氏は息子たちをこちらに呼び、笛や琴を奏でさせます。彼らも玉鬘には興味津津なので緊張しまくっています。

どんなメンバーがつるんでいるのか紹介しておきましょう。

【夕霧の中将】:源氏の長男、葵上との子。内大臣の娘の雲居の雁と付き合っていたが、内大臣に反対され引き離されている。

【柏木の頭の中将】:内大臣の長男、玉鬘に恋しているが姉だということは知らない。

【弁の少将】:柏木の弟

六条院の夜の一時です。篝火に照らされた源氏と玉鬘、そして源氏の息子たち、なにか絵巻の世界がそのまま現実になったような妖艶な場面です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

※フォトアルバムのほうに少し解説をつけてみました。よかったらご覧ください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月16日 (火)

源氏物語(常夏)

玉鬘にあれほど嫌われている源氏ですが、まったく懲りずに何か理由をつけてはせっせと玉鬘の所に通ってきます。今日は琴の練習だとか言ってまたきました。

「撫子のとこなつかしき色を見ば もとの垣根を人や尋ねむ」 光源氏

”撫子のようなうつくしいあなたをみれば 母親の行方も尋ねるでしょう”これは内大臣(頭の中将)のことを言っているのですが、内大臣には実の娘の玉鬘がここにいることを隠しています。玉鬘は実の父親に会いたがっています。

源氏は、そんな玉鬘を内大臣に会わせようともせず。なんとか自分の所に置いておきたいので、蛍の宮か髭黒の大将を婿にとって、自分も玉鬘の所に通おうかなんて、不埒なことを考えています。

今の娘なら「この変態オヤジー!」とか言って、サッサと出て行ってしまうかもしれませんが、そうもいかないのが平安時代。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月12日 (金)

源氏物語(蛍)

さて、前回からちょっと空きましたが玉鬘争奪戦はどうなったでしょうか。
光源氏は自分も加わりたいのはやまやまなのですが、一応親代わりということになっているし、玉鬘はマジでいやな顔をするし、複雑な心境なのですが、今のところ最有力かと思われる兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)が来た時にちょっとした演出をします。
夜、兵部卿宮が訪れた時、そっと準備しておいた蛍を玉鬘の目の前に放ったのです。その灯りで玉鬘の顔がはっきり見えてしまい、兵部卿宮はとたんにメロメロになってしまうのです。この時代の女性が顔を見られるということは大変なことで、見てしまったらもう忘れられなくなるというパターンが源氏物語にはいっぱい出てきます。
このシーンから兵部卿宮は蛍の宮と呼ばれます。

「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに 人の消つには消ゆるものかは」 蛍の宮

“鳴く声の聞こえない蛍の光さえ消せないのに、私の恋の光は消せませんよ”
すごくロマンチックなシーンです。しかし源氏はなぜこんなことをしたのか・・・ほんとに複雑な心境だったのでしょうね。屈折しているというか・・・

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月31日 (日)

源氏物語(胡蝶)

六条院では春の御殿の池にそのうえで雅楽を奏でるというなんと贅沢なことをやっております。秋の御殿のほうには宮中から秋好中宮が下ってきておりまして、そちらの池の方にも若い女房達をのせて船で行ってしまいます。

※秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)、六条御息所の娘、前斎宮、梅壺の女御とも呼ばれていた。(念のためおさらいを)

紫の上から中宮へ歌が送られます。

「花園の胡蝶をさへや下草に 秋まつ虫はうとく見るらむ」紫の上
“秋の虫はこの胡蝶をみてもまだ春がきらいというのでしょうか”

こんなことが六条院では毎日のように行われていますが、一番の関心事はやはり玉鬘です。毎日、山のようなラブレターが届きます。
この時点でエントリーしている男達を紹介しておきます。

1.蛍兵部卿宮(ほたるひょうぶきょうのみや)
   源氏の弟

2.柏木(かしわぎ)
   頭の中将の長男、ということは玉鬘の弟になるのだが
   本人は知らない。

3.髭黒の大将(ひげくろのたいしょう)
   10年付れ添った妻と子供が3人いるが玉鬘に惚れこんでいる。
   ひげが濃くて、生真面目なおやじ(30代だけど)
   ルパン3世の銭形のとっつぁんを想像してしまうのは私だけか。

4.源氏
   父親代わりと言いながら玉鬘を犯そうとし、必死に拒まれる。

こんな状況で玉鬘は選びようもないし、相談しようにも源氏はこんなだし、大変です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月27日 (水)

源氏物語(初音)

六条院は新年を迎え、光源氏は紫の上に新年の歌を送ります。

「うす氷とけぬる池の鏡には 世にたぐひなきかげぞならべる」光源氏
“薄氷の解けた池に世にもたぐいのない幸せな二人が映っている”

こんな幸せな夫婦はいないね。といいながら源氏は他の女性のところを回ります。

明石の姫君から始まって、花散里、玉鬘、明石の君、ときたところで日も暮れてきたので明石の君の所に新年早々泊まることに・・・で、紫の上の所には朝帰り・・・これではすねるのも無理はないですよね。源氏は紫の上のご機嫌をとろうとしますが、無理に決まっています。

それでもマメな源氏は、次に二条東院の末摘花、空蝉の所を訪問、ご苦労なことです。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年8月23日 (土)

源氏物語(玉鬘)

ここからしばらくは玉鬘(たまかずら)が主役です。この帖から「真木柱」までの十帖は玉鬘十帖と呼ばれています。

玉鬘は源氏が一夜を共にして急死してしまった夕顔の子供で、父親は頭の中将です。(ちょっとややこしい・・・)
玉鬘は母親が亡くなったことは知りません。母親の行方がわからないまま筑紫のほうに移り住んでいたのですが、長谷寺に詣でた時に偶然にも当時夕顔に仕えていて今は源氏に仕えている右近と同じ部屋に泊まることになり、すべてが明らかになりました。

玉鬘は成長して美しい姫君になっています。もちろん源氏はハーレム六条院に引取り、信頼のおける花散里に預けます。あまりにも美しいので多くの男性がいいよることになります。
父親のような顔をしてそばにいる源氏ですが、実は源氏も女性として見ています。玉鬘は気持ち悪いと思っているようです。
この時、源氏は35才、玉鬘は21才。

「恋ひわたる身はそれなれど玉かづら いかなるすぢを尋ね来つらむ」光源氏
“夕顔を恋い続けている気持は変わらないけれど 玉かずらの蔓のようにあの子はどのようにしてここへ来たのだろう”

35才の源氏も参戦したいようですが、さて美しい玉鬘を射止めるのはいったい誰なのでしょう。
これからおもしろくなります。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月20日 (水)

源氏物語(乙女)「六条院完成」

実の子が帝になり、その后には藤壺と画策した梅壺女御がなり、こうなればもう怖いものはありません。地位も財政的にも何をしても許されます。

そしてついに、あの大ハーレム「六条院」が完成します。

春の町には「紫の上」
夏の町には「花散里」
秋の町には「秋好中宮(梅壺女御)」
冬の町には「明石の君」

引っ越しも終わり、紫の上と秋好中宮は春がいいか秋がいいか競い合います。
優雅なものです。

「心から春待つ園はわが宿の 紅葉を風のつてにだにみよ」秋好中宮
“春はまだ遠いですよ、こちらの紅葉でも風の便りにご覧ください”

「風に散る紅葉はかろし春の色を 岩音の松にかけてこそ見め」紫の上
“風に散る紅葉は軽いですよ、こちらの松の緑もご覧ください”

で、源氏は春夏秋冬の御殿をいったりきたり、はぁ~!うらやましい。

この六条院のモデルが以前紹介した、東本願寺の渉成園だと言われています。
http://wakaotazunete.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4c70.html

京都の風俗博物館、宇治の源氏物語ミュージアムではミニチュアを見ることができます。
ミニチュアを見るだけでもため息が出ます。

写真は以前、風俗博物館へ行ったときに撮ったものです。

Huuzoku1 Huuzoku2 

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月17日 (日)

源氏物語(輝く日の宮)

「輝く日の宮」という帖は、現在残っておりません。本当に存在したのかもわかっていないのですが、謎の部分が興味深いので紹介させていただきます。あったとすれば第1帖の「桐壺」と第2帖の「帚木」の間です。

なぜ、こういう説が出てきたのか?

まず、藤原定家が書いた源氏物語の奥入(注釈本)に「輝く日の宮」というタイトルがあるのですが、「この巻もとよりなし」と書かれているのです。

「輝く日の宮」というのは、桐壺の帖に、源氏と藤壺があまりに美しいので「光源氏」「輝く日の宮」と呼んだというところからきています。

次に、内容的に抜けているのではないかという部分があります。
・朝顔の君に源氏がせまって最初にふられるシーン。
・六条御息所との最初の出会い。
・藤壺との最初の不倫。

この部分があると、次の帖からの内容が、辻褄があってきます。
でも、はじめからなかったという説もあります。これは紫式部が読者の想像を掻き立てる為にわざとそうしたというのです。後から出てくる「雲隠れ」という帖はタイトルだけで、内容は光源氏がなくなる部分ということになるのですが、全く存在しません。

また、内容があまりにもきわどいものだったので、誰かが削除したという説もあります。たしかに源氏物語の初めの部分に帝の后と帝の子が過ちを犯してしまう、というのは今にしてもかなり過激な内容ですね。

ミステリアスですねー。「輝く日の宮」についてもっと知りたい方は、次の2冊をお勧めします。

丸谷才一「輝く日の宮」
女性国文学者の主人公が、「輝く日の宮」についての考察を交えながら色々な体験をしていく小説です。私も読みましたが、すごくおもしろいです。瀬戸内寂聴さんも絶賛しています。泉鏡花文学賞を受賞しています。

瀬戸内寂聴「藤壺」
現代文と古文で「輝く日の宮」を書いています。タイトルは他の帖と合わないということで藤壺にしたそうです。これもおすすめです。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月14日 (木)

源氏物語(朝顔)

今回の源氏の相手は朝顔の君、源氏とは古いつきあいらしいのですが、えっ、朝顔の君ってどんな人でしたっけ?
これまで詳しくは書かれていないのですが、ずっと源氏のことを拒み続けている珍しい女性です。源氏は拒まれるとますますストーカーになる性格ですので、なかなかあきらめないのですが、それでも拒み続ける朝顔の君です。

「見しおりの露忘られぬあさがほの 花のさかりは過ぎやしぬらむ」光源氏
“もう花のさかりは過ぎたのですか?”などと失礼な歌を朝顔に君に送ります。

こんな源氏ですから、紫の上はますます悩みますよね。
そこでまたやめておけばいいのに、藤壺、朧月夜、花散里などの思い出話をするものですから、ますますかわいそうな紫の上です。

そのあげく、源氏の夢の中に藤壺がでてきて、「なんで私たちの秘密をばらしたの?」といわれてひどい目にあいます。必死に藤壺の霊を沈めようと祈祷するのですが、紫の上に言うわけにも行かないし、サンザンな源氏です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月11日 (月)

源氏物語(薄雲2)「藤壺の死」

光源氏の最愛の人、藤壺がなくなります。この時代の女性の寿命は短かったのか源氏は次々と愛する女性を失います。夕霧、葵上、六条御息所、そして藤壺、源氏にとっては今回が一番ショックだったのではないでしょうか、源氏は何日も御念誦堂にこもって泣き暮らします。

「入日さす峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に色やまがえる」光源氏
“入日のさす峰の薄雲までも この喪服の袖の色と同じようだ”

だれもいない念誦堂で一人かなしい和歌を読む源氏です。

この薄雲の帖ではこの後、帝が実の父が源氏であることを知ってしまうという大事件が起こり、物語は急テンポに展開してゆきます。

※ブログの記事も、かなり進んできましたので、わかりやすいようにタイトルに一言添えました。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 8日 (金)

源氏物語(薄雲1)

源氏は明石の君の子供を紫の上に育てさせることを決心しました。
3つの子を親から引き離すのですから、源氏も罪なことをしたものです。紫の上の機嫌を直すには他の手段はなかったのでしょう。

明石の君とおさない姫君が別れる場面です。

「末遠き二葉の松に引き別れ いつか木高きかげを見るべき」明石の君
“生い先の長い二葉の松のような姫君がいつか小高い松のように生長した姿を見ることができるのでしょうか”

「生ひそめし根も深ければ武隈の 松に小松の千代をならべむ」光源氏
“ふたりの間に生まれてきた宿縁は深いのだから、あの武隈の松のようにきっとふたりで成長した姫の姿を見ることができるでしょう”

明石の君はあまりに激しく泣くあまり和歌を最後まで言い切れないほどです。

※補足「武隈の松」:奥の細道のサイトに詳しくのっていましたので、紹介しておきます。
http://www.bashouan.com/plTakekumamatu.htm

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年8月 7日 (木)

源氏物語(松風)

明石の君が姫君を連れてとうとう都に出てきました、源氏との間に出来た姫君は3つになりかわいいさかりです。源氏は久しぶりに会うことができてうれしくてしょうがないのですが、紫の上の機嫌が悪いのでなかなか会うことができません。

それはそうですよね、紫の上は源氏が明かしに流されていた間、死ぬほど心配していたのに帰ってきてみたら、新しい女がいて子供までいたのですから。それに紫の上には子供が出来ないのでますますいじけます。

和歌は、久しぶりに会った源氏と明石の君が嵯峨野で交わす歌です。

「契りにしかはらぬ琴の調べにて 絶えぬ心のほどは知りきや」光源氏
“明石で約束したときの琴の調べのように、今も変わらない私の心を知っていますか”

「変らじと契りしことを頼みにて 松のひびきに音(ね)を添へしかな」明石の君
“気持ちは変わらないという約束を頼みにして、松の風に泣き声をまぎらせて待っていました”

さて、源氏は自分でまいた種をどうするつもりなのか、明石の上の子供を紫の上に渡してしまおうか、なんて事を考えています。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月 5日 (火)

源氏物語(絵合)

このあたりから登場人物がちょっとややこしくなってきますので、一度おさらいしておきます。

光源氏、31才

藤壺、36才
今は出家して尼宮と呼ばれる。

紫の上、23才
最近は明石の君にも子供が出来て、悩みが多い。

朱雀院、34才
前の帝

冷泉帝、13才
今の帝、実は源氏の子。

前斎宮、22才
六条御息所の娘、後から秋好中宮とか梅壺女御と呼ばれることもあるのでややこしい。

弘徽殿女御(こきでんのにょご)、14才
頭中将(とうのちゅうじょう)の娘、あの源氏が大きらいな、おそろしい弘徽殿の大后とは別人です。頭中将はここでは權中納言(ごんちゅうなごん)と呼ばれています。ますますややこしい。

------------------------------------

それでは、絵合(えあわせ)の帖にはいります。
朱雀院は実は前斎宮のことを好きで自分のところに迎えたかったのですが、源氏と藤壺は六条御息所の遺言を利用して冷泉帝に入内させます。冷泉帝は実はこの二人の子供なので、これで源氏と藤壷は絶大な権力を持つことになります。藤壺が積極的に画策したようで、源氏は後ろめたい気持ちがあります。

朱雀院はショックですが、もうどうしようもありません。入内の贈り物の小櫛に歌が結びつけてありました。

「別れ路に添へし小櫛をかごとにて はるけき仲と神やいさめし」朱雀院
“別れのときに挿した櫛にかこつけて 神は二人の仲を裂いてしまうのでしょうか”

かわいそうな朱雀院です。藤壺は出家してから人が変わったようです。それともこれが本性だったのか。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年7月30日 (水)

源氏物語(関屋)

蓬生は前に紹介していますので、ひとつ進んで関屋です。

ここでは光源氏が石山寺に参詣する途中、逢坂の関で空蝉とすれ違います。前の明石の君とすれ違ったパターンに似ていますが、男女の仲は偶然の出会いとか、すれ違いがドラマになるようです。

源氏は、空蝉には珍しく振られていますが、また性懲りもなく歌を送ります。

「わくらばに行きあふみちを頼みしも なほかひなしや潮ならぬ海」光源氏
“わくらば”は偶然に、“かひなし”はどうにもならないという意味で、海ではないから・・・貝がない・・・甲斐がないとかけているのかな?
偶然行き会ったけれど、会うことも出来ませんね、海でもないので逢う甲斐もありません。という感じでしょうか。

「逢坂の関やいかなる関なれば しげきなげきの中を分くらむ」空蝉
逢坂の関なのに会うことができないのですね、草の茂れるなかで嘆いています。

一度は源氏のことを振っているのですが、ずっと忘れられないでいたようです。源氏のことなんか大嫌いなんていうのは、あの弘徽殿の大バ・・・じゃない、大后くらいでしょうか。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月23日 (水)

源氏物語(澪標)

源氏に冷たい仕打ちをしたせいで悪いことが起きると思い込んでいた帝は源氏を許し、源氏は都に帰ることになります。弘徽殿の大后はまだ許す気にはなれないようですが。源氏の地位はますます高くなります。

そのうちに明石の君は出産し(もちろん源氏の子)、紫の上の気持ちは複雑です。

そんな時、住吉神社に参詣した源氏の一行と、明石の君が偶然、鉢合わせしてしまいます。源氏のあまりにも豪勢な一行を前にして、明石の君一行はすごすごと帰ってしまいます。
それを聞いた源氏は、使いをやって澪標(みをつくし)の歌を送ります。

「みをつくし恋ふるしるしにここまでも めぐり逢いける縁(えに)は深しな」光源氏
“身を尽くして恋い慕ってきたかいがあって、ここでめぐり合うことが出来ました”

「数ならでなにはのこともかひなきに などみをつくし思いそめけむ」明石の君
“数のうちに入らぬ私なのに、どうして身を尽くして慕ってきたのでしょう”

光源氏が住吉に詣でるとなれば、大変なものだったのでしょうね。難波の海は源氏の船団であふれかえっていたのでしょう。明石から細々とやってきた船など、入る余地もなかったのかもしれません。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月22日 (火)

源氏物語(明石)

須磨に流れた源氏は、嵐にあったりと災難に会いますが、明石の入道に誘われ、入道の屋敷に居候します。

そこでもまたいつもの悪い癖が、ここで明石の君の登場です。父親の入道も娘を何とか源氏に添わせたいと思っております。これでは断る理由もないわけで・・・。

「むつごとを語りあはせむ人もがな 憂き世の夢もなかばさむやと」光源氏

“愛の言葉を語り合う人がいれば、悩みの多いこの世の夢も覚めてしまうでしょう”

「明けぬ夜にやがてまどへる心には いづれを夢とわきて語らむ」明石の君

“明けることのない夜に惑える私の心は 夢か現実かもわかりません”

と、またキザな歌を送っています。

この明石の君、田舎の娘にしては気品があり背も高く、六条御息所にも似たタイプで、源氏はもうメロメロです。それにしてもかわいそうなのは都でひたすら待っている紫の上です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月17日 (木)

源氏物語(須磨)

弘徽殿の大后(こきでんのおおきさき)に朧月夜との密会が見つかってしまい、官位も剥奪され、流罪も免れない状況になった光源氏は自ら須磨に退去することを決意します。須磨といえば今の神戸市、京都からは目と鼻の先のリゾート海岸で水族館もあるし(私はいったことないのですが)楽しそうですが、この時代ではそうはいきません、島流しです。
あんまり島流しというと、須磨に住んでる方にはしかられそうですが、私の住んでる金沢あたりでも十分島流しだったでしょうね^^;

ともかく都を離れることになると、別れなければならない彼女達は大変です。中でも紫の上との別れはほんとに悲しい場面になります。

「生ける世の別れを知らで契りつつ 命を人に限りけるかな」光源氏
“生き別れなどというものがあるとは知りませんでした。命のある限り一緒にいられると思っていたのに”

「惜しからぬ命にかへて目の前の 別れをしばしとどめてしがな」紫の上
”私の惜しくない命に代えても、この別れを少しでも引き伸ばしたい”

と、私なりに訳してみました。紫の上は、けなげにももう少し一緒にいられるのなら死んでもいいと言っています。
さすがの光源氏もこの別れはつらいものだったと思います。

この場面も、朗読するにはいいところです・・・norikoさん、よろしく!

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月11日 (金)

源氏物語(花散里)

葵、賢木の帖では、怨霊は出てくるは、藤壺は出家してしまうは、朧月夜との密会も見つかってしまうしと、大事件が続きましたが、この花散里の帖はチョット一息つくところです。この後はまた須磨・明石と大変なことになって行きますので・・・、

「橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞ訪ふ」光源氏

「たちばなのかをなつかしみほととぎす はなちるさとをたづねてぞとふ」

こういう歌は、仮名で書いて声に出してみると味わいがあります。“橘の香りを懐かしんで来たほととぎすのように、私も橘の花の散るこの里を訪ねてきました。”

“はなちるさと”という響きもいいですね。

この歌は故・桐壺院の女御・麗景殿(れいけいでん)を久しぶりに訪ねて送ったものです。源氏はその後、妹の三の君を訪ね、この君が後に花散里の君と呼ばれます。

うちのカミさんが源氏物語占いをしたら、「花散里と出たんだけど花散里ってどんな人?」と聞くのですが、「ん~~~一言ではいえないよな~」としか答えられないほど、物語では詳しく書かれていないのですが、源氏から見ると、一番頼りにしているというか、そばにいるとホッとするような女性だったようで、後に玉蔓や夕霧の娘の養育をまかされたり、六条院にも迎えられたりして手厚い待遇を受けます。

なんとなく雰囲気は伝わってきますが、うちのカミさんが花散里・・・??

http://www.genjidaigaku.jp/uranai/index.asp

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年7月 9日 (水)

源氏物語(賢木)2

この賢木(さかき)の帖ではいろいろなことがおこります。六条御息所の伊勢への旅立ちに始まって、次は藤壺の中宮が突然出家します。

藤壺は夫である帝の実の息子源氏の子を産み、その子がまた源氏に瓜二つであるという現実に耐えかねたのか、誰にも相談せず出家を決意します。いくら源氏でも出家した相手とはもう男女の仲ではいられません。

御息所に続いて藤壺までも離れていってしまい源氏もかなりショックをうけたようです。

「月のすむ雲居をかけてしたふとも この世の闇になほやまどはむ」光源氏

あきらめきれない源氏は藤壺にこんな歌を送り、“澄んだ世界に憧れようとも、この世の闇に惑うこともあるでしょう?”と未練がましいことを言っていますが藤壺の決意は変わりません。

この頃の源氏はいいことがありません、それにこの後、朧月夜の君との密会が右大臣に見つかってしまいます。右大臣は朧月夜の父、日頃から源氏を目の敵にしている弘徽殿の大后(おおきさき)は姉。これは最悪の状況です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年7月 4日 (金)

源氏物語(賢木)

はからずも生霊となって葵上に獲りついてしまった六条御息所は、斎宮に命ぜられた娘と共に伊勢へ下る決意をします。そんな御息所ですが源氏はさすがに気になり伊勢へ立つ直前に野々宮を訪ねます。
源氏と年上の御息所がかわす和歌は大人の恋というか、いい場面です。
「野宮」という能はこの場面からきています。この中でも御息所は怨霊で登場するようですが、御息所のファンとしてはなんだかかわいそうな・・・

一夜を明かした源氏と御息所が分かれるかなしい場面です。

「暁のわかれはいつも露けきを こは世に知らぬ秋の空かな」光源氏
あなたとの別れはいつも涙で濡れていたが、今朝こそは今までになく悲しい朝です。

「おほかたの秋の別れもかなしきに 鳴く音な添へそ野辺の松虫」六条御息所
たいがい秋の別れというものは悲しいものですが、野辺の虫もお願いだからさらに鳴かないでください。

京都嵯峨野のうっそうとした竹林の静寂がこの場面を盛り上げます。

昨年、行ってきましたがゴールデンウィークだったため歩けないほどの人ごみで、うようよいるギャルに混じって家内と縁結びのおみくじを引いてきました。
くれぐれもゴールデンウィークにはいかないように!

Nonomiya
静かな竹林の写真を撮りたかったんですが、なにしろ山のようにいるギャルと人力車まで走っているという状態でこんな写真しかありませんdespair

どなたかいい写真お持ちじゃないですかー

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年7月 2日 (水)

源氏物語(葵)2

六条御息所の怨霊で少しは懲りたのか、光源氏はあちこちの女性の所へかようのはさすがにひかえていたのですが、そのかわり・・・? 自分のところに連れてきていた紫の上と初めて男女の仲になってしまいます。この時源氏は22才、紫の上は14才。
突然のことに紫の上は大ショックで寝込んでしまい、源氏は枕元に歌を書いて置いておきます。

「あやなくも隔てけるかな夜をかさね さすがに馴れし夜の衣を」光源氏

なんとなく意味不明なあやしい歌ですが、“あやなくも”は“どうしてだか”、“さすがに”は“やはり”と古語辞典には書いてありますので、
どうしてだかこれまでは何もしない夜を重ねてきて、もう夜の添い寝には慣れたでしょう。とでも訳せばいいのかな?ちょっと意味不明ですが、源氏はこれが普通なんだよとでもいいたかったのでしょうか。

それからしばらくは口も利いてもらえず、なだめすかすのに大変だったようですが、そんなところがまたかわいい、などとのんきなことを言っている源氏です。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月26日 (木)

源氏物語(葵)

いよいよ六条御息所(六条のみやすどころ)の怨霊登場です。待ってました!というわけではないのですが好きなところです。

六条御息所は光源氏から冷たくされ、それでも賀茂の祭りのパレードに出る源氏を一目見ようと出かけると、葵上(あおいのうえ)の車に押しのけられて、車を壊されひどいめにあってしまいます。あまりのくやしさに生き霊となって身重の葵の上にとりつき、源氏にせまります。葵の上を救おうと、僧や修験者などがものすごい加持祈祷をするなかで、怨霊が現れる壮絶な場面です。

「嘆きわび空に乱るるわが魂(たま)を 結びとどめよしたがひのつま」葵の上(実は六条御息所の生き霊)

嘆き悲しんで空にさまよっている私の魂を、なんとかつなぎとめておいて下さい、という意味です。“したがひのつま”は着物の下前の褄(つま)のことで、といっても私もよく知らなかったのですが、家内に聞いたところ裾の部分の内側になっているところの端の方だとか、

これがなぜ怨霊に関係あるかというと、この時代には下前の褄を結ぶと、魂が戻るという言い伝えがあったそうで、御息所も自分の魂をなんとかしてほしいと、源氏に言いよったのでしょうね。

自分でも気がつかない内に生き霊となってしまう御息所は、なんとなく哀れで同情してしまいます。源氏物語に出てくる女性の人気投票では、この御息所は結構上位に入るそうですが、私も好きなタイプです。ちょっとこわいけど・・・

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年6月22日 (日)

源氏物語(花宴)

源氏物語(花宴)

さて、光源氏と頭中将が舞った華やかな宴も終わり、夜も更けました。弘徽殿のあたりにこっそりひそんでいた源氏は、若い女の「おぼろづきよに~にるものぞなき~」と口ずさむ声を聞いて、突然その女の袖を引っ張り一夜を明かしてしまいます。
この女性が朧月夜の君。実は日頃から源氏のことをよく思っていない弘徽殿の女御の娘で、後々大変なことに・・・。

このとき朧月夜の君が歌っていたのが、
「照りもせずくもりもはてぬ春の夜の おぼろ月夜にしくものぞなき」大江千里・新古今集

この歌は紫式部が作った歌ではなく大江千里(おおえのちさと)の歌です。春の夜の、明々と照っているのでもなく、曇っているのでもなく、おぼろな月にまさるものはない、という意味です。この場面にピッタリですね。
紫式部は「しくものぞなき」を「にるものぞなき」と少しやわらかい口調に変えています。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年6月 7日 (土)

源氏物語(紅葉賀)

物語が前後しますが、末摘花の次の帖です。
光源氏と頭中将(とうのちゅうじょう)が帝と藤壺の宮の前で「青海波(せいがいは)」という舞楽を舞います。源氏の舞はこの世のものとは思えない美しさでした。実はこの時藤壺の宮は源氏との密通で懐妊しています。源氏は平静ですが、藤壺のほうははらはらものです。

「もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の 袖うち振りし心知りきや」光源氏

あなたのことを思って舞うこともできないほどなのに、あなたはこの心を知っていますか。と、藤壺に歌を送りますが、

「から人の袖振ることは遠けれど 立ち居につけてあはれとは見き」藤壺

藤壺のほうは、帝に気づかれては大変と、ありきたりの歌を返します。
唐の人が舞ったとは聞きますが、あなたの舞はすばらしいものでした、というような意味です。
冷静なようですが、本当の夫である帝と、愛する源氏を前にして心の中はどんなだったんでしょうか?それにお腹には源氏の子が・・・

イラストは例によってアゲマキさん作です。したたかで美しい源氏の雰囲気がよく出ていますね。

Mono

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年6月 5日 (木)

源氏物語(蓬生)

少し飛んで、源氏が末摘花を訪ねる場面です。長い間、訪ねなかった屋敷には、蓬(よもぎ)が深く生い茂り、付き人も老女一人を残して誰もいなくなり、屋敷もボロボロという状態ですが、源氏はそれを知って、自ら雨の中、草をかき分け進んでいこうとします。従者の惟光(これみつ)はあわてて源氏の前を棒で草をかき分けながら進みます。光源氏が服の裾を濡らしながら草むらの中に入っていくというのは、高貴な身分であることを考えると信じられない光景です。

「たづねてもわれこそとはめ道もなく 深き蓬のもとの心を」光源氏

“みずからでも訪ねていって問おう、深い蓬にうもれていたあなたの深い心を”

この後、源氏はたいそう手厚く気遣いし、屋敷を修理したり、贈り物をしたりし、そして二条東院へ招き入れます。末摘花をバカにして去っていった従者たちは恥ずかしい思いをして帰ってくるということになります。
このあたり、やりたい放題の光源氏もこういうけなげな女性は大事にするという面もあり、感動的なシーンです。
写真は国宝源氏物語絵巻の復元模写の一部です。

源氏が蓬の中を分け入っていく姿が描かれています。

Yomogiu

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月 3日 (火)

源氏物語(末摘花)

会ったこともない女性に心惹かれてしまう、というのはこの時代の常であったらしいのですが、それにしても一夜を過ごした後に初めて顔を見た、というのですから今では考えられないですね。

それでこの末摘花の姫君、あくる朝、顔をみてみるとなんと大変な不細工。すごいこと書いてあります。座高が高い・顔が長い・鼻が長い・鼻の先が赤い・・・!

光源氏はガッカリして、この歌を詠みました。

「なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖にふれけむ」光源氏

“すゑつむ花”とは紅花のことで姫君の鼻とかけています。“なつかしき”は心ひかれるという意味ですから、「心ひかれたわけでもないのに、なんでこんな女の袖にふれてしまったんだ」、という失礼な歌です。

でもこの後長い間忘れられていた姫君はずっと待ち続け、そこを訪ねた源氏は、その後ずっとこの姫君を大事に扱い、結局とても幸せな人生を送ることになります。女性は器量ではないと、紫式部はいいたかったのかな。

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

源氏物語(若紫)2

若紫の帖には、幼い若紫をさらってくる場面と、もうひとつ源氏物語の中でも最も危ないところじゃないかと思う場面がありまして、それが藤壺の中宮と関係を持ってしまうというところです。

以前にも紹介しましたが、「アゲマキ」さんの美しいイラストとともに再度紹介いたします。

では、物語の中でも一番きわどいかなと思うような場面。光源氏が父である帝のお后、藤壺の中宮と関係を持ってしまいます。

「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに やがて紛るる我が身ともがな」光源氏

また逢うこともないのだから、いっそ夢の中に入って消えてしまいたい。というようなロマンチックな歌です。それに返した藤壺の歌が、

「よ語りに人や伝へん たぐひなく憂き身を 醒めぬ夢になしても」藤壺中宮

夢の中に消し去ってしまっても、人のうわさになったら・・・という歌です。藤壺の方はハラハラもので、もう大変です。

Mite

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月25日 (日)

源氏物語(若紫)1

日ごろの行いがたたったのか、光源氏は“わらわ病み”という病気にかかります。今で言うマラリアのような病気らしいです。

その治療に、治療といっても加持祈祷で治すというものですが、そのために京都郊外の北山のほうにこもります。そこで転んでもただでは起きない光源氏は10才の女の子に目をつけ、なんとさらってきてしまいます。この女の子が将来の紫の上です。

源氏は10才の女の子にも和歌を送ります。

「おもかげは身をも離れず山桜 心の限りとめて来しかど」光源氏

“山桜の花のようなあなたの面影が私から離れないので、心のすべてをそちらに残してきたのですが・・・”という意味かと思います。今なら小学生ですが、こんな歌を送られたら・・・。

それにしても、夕顔の姫君を死なせてしまったばかりというのに、今度は子供にまで手を出してしまいます。うらやましい・・・じゃなくて、困ったものです。

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

源氏物語(夕顔)

ますます好き放題の源氏は、夕顔を誘い出し隠れ家で1日過ごします。が、なんとその夜夕顔は物の怪に襲われて命を落としてしまします。

「見し人のけぶりを雲と眺むれば 夕(ゆうべ)の空もむつましきかな」光源氏

“けぶり”は夕顔を火葬にしたときの煙。“むつまし”は慕わしいとかなつかしいという意味。
三省堂の古語辞典にこの歌の訳が載っていました。

“かつて契りを結んだ人を火葬にした煙があの雲かと思って眺めていると、この夕方の空も慕わしいことよ。”

古語辞典はパラパラめくっているだけで結構おもしろいです。最近ブックオフで新しいのを買ったのですが、ほとんど新品の物が半額くらいでいっぱい置いてありました。買っても一度も開かないという高校生なんかも多いのかな。

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月20日 (火)

源氏物語(空蝉)

さて光源氏につきまとわれていた空蝉ですが、継娘と二人で寝ているところへ源氏がしのんできたので、とっさに別室へ逃げました。源氏はすぐに気づきましたがもう後には引けず継娘の方と一夜を共にしてしまいます。
翌朝、空蝉の残していった薄衣を持ち帰りこの歌を詠みます。

「空蝉の身をかへてける木のもとに なお人がらのなつかしきかな」光源氏

未練たらたらの歌です。源氏がふられたのはこれが初めてのようですが、まだまだ懲りません。

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年5月19日 (月)

源氏物語(帚木)

では、源氏物語の和歌をまた読んでいきたいと思います。
物語全部を原文で読むのは大変ですが、和歌だけでも原文のよさが味わえますね。

源氏物語第二帖は「帚木(ははきぎ)」源氏はこのとき17才、早くもお后を迎え、この時代ではもう大人です。

頭の中将らと女性について言いたい放題、好きなことを言っています。これが有名な「雨夜の品定め」物語には出てきませんが、このあたりでもう帝の新しいお后である藤壺の宮と会っていたのではという節があります。

この後、空蝉のところへ行き嫌がるのを無理やり犯します。あくる朝、空蝉がショックの中で読んだのが次の歌です。

「身の憂さを嘆くにあかであくる夜は とり重ねてぞ音も泣かれける」空蝉

情けない我が身を嘆いて夜を明かした朝は、鳥の声も私の鳴く声に重なって聞こえます。というような意味です。

源氏は全く懲りず、これが品定めのとき言っていた中流の女の掘り出し物か・・・などといい気なものです。
かわいそうなのは空蝉でこの後も源氏にストーカーされ続けます。

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月15日 (木)

源氏物語(桐壺)

今年は源氏物語が書かれて千年、よく読んでみるとなかなかにすばらしい小説です。ということが最近になってやっとわかって来たような感じです。今年は出来る限り源氏物語ゆかりの地を訪ね、また読み返してみたいと思っております。できれば原文も・・・^^;
このブログでは和歌を中心に源氏物語を読んでいきたいと思います。
800首あまりある中の1番初めの和歌は、桐壺の更衣がいじめを受け、それがもとで死にそうになりながら帝に対して読んだ歌です。

「限りとて別るる道の悲しきに いかまほしきは命なりけり」

もう、この世ともあなたともお別れしなければなりませんが、なんとかもっと命をながらえることはできないでしょうか。という最高に悲しい歌から源氏物語は始まります。
もう次はどうなるのかと心配になってきますね。このへんはさすが紫式部です。

ここから長い長い悲劇が始まっていきます。
この時源氏は3才です。まだ母親が死んだということの実感はないようですが、このあと母親の面影をずっと追っていくんですね。

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ

※上のボタンはブログランキングのバナーでこれをクリックするとランクが上がるらしいです。短歌を話題にしたほかのブログも見られますので、ぜひクリックしてみてください。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2007年11月12日 (月)

源氏物語(若紫)

源氏物語の中には795首の和歌がちりばめられています。もちろん全部が紫式部の作なのですが、その場面ごとの登場人物か読んだように書き分けてあり、物語を読み進めていくと本当にその人物が実在して和歌を読んだかのような錯覚に陥いるくらいすばらしいものです。

では、物語の中でも一番きわどいかなと思うような場面。光源氏が父である帝のお后、藤壺と関係を持ってしまいます。

「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに やがて紛るる我が身ともがな」光源氏

また逢うこともないのだから、いっそ夢の中に入って消えてしまいたい。というようなロマンチックな歌です。それに返した藤壺の歌が、

「よ語りに人や伝へん たぐひなく憂き身を 醒めぬ夢になしても」藤壺

夢の中に消し去ってしまっても、人のうわさになったら・・・という歌です。

このとき光源氏は18才、これと同時期に将来最愛の妻となる若紫をさらってきています。このとき若紫はまだ10才の子供です。

このあたりの光源氏はやりたい放題で、読んでいる方としてもこの後どうなるのか興味津々なところです。

この場面のすてきなイラストがありますので紹介しておきます。作者は「アゲマキ」さん。いつもホームページで使わせていただいています。

Photo_2

和歌の総角(あげまき) http://waka.or.tv/

| | コメント (2)