源氏物語

2008年7月23日 (水)

源氏物語(澪標)

源氏に冷たい仕打ちをしたせいで悪いことが起きると思い込んでいた帝は源氏を許し、源氏は都に帰ることになります。弘徽殿の大后はまだ許す気にはなれないようですが。源氏の地位はますます高くなります。

そのうちに明石の君は出産し(もちろん源氏の子)、紫の上の気持ちは複雑です。

そんな時、住吉神社に参詣した源氏の一行と、明石の君が偶然、鉢合わせしてしまいます。源氏のあまりにも豪勢な一行を前にして、明石の君一行はすごすごと帰ってしまいます。
それを聞いた源氏は、使いをやって澪標(みをつくし)の歌を送ります。

「みをつくし恋ふるしるしにここまでも めぐり逢いける縁(えに)は深しな」光源氏
“身を尽くして恋い慕ってきたかいがあって、ここでめぐり合うことが出来ました”

「数ならでなにはのこともかひなきに などみをつくし思いそめけむ」明石の君
“数のうちに入らぬ私なのに、どうして身を尽くして慕ってきたのでしょう”

光源氏が住吉に詣でるとなれば、大変なものだったのでしょうね。難波の海は源氏の船団であふれかえっていたのでしょう。明石から細々とやってきた船など、入る余地もなかったのかもしれません。

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2008年7月22日 (火)

源氏物語(明石)

須磨に流れた源氏は、嵐にあったりと災難に会いますが、明石の入道に誘われ、入道の屋敷に居候します。

そこでもまたいつもの悪い癖が、ここで明石の君の登場です。父親の入道も娘を何とか源氏に添わせたいと思っております。これでは断る理由もないわけで・・・。

「むつごとを語りあはせむ人もがな 憂き世の夢もなかばさむやと」光源氏

“愛の言葉を語り合う人がいれば、悩みの多いこの世の夢も覚めてしまうでしょう”

「明けぬ夜にやがてまどへる心には いづれを夢とわきて語らむ」明石の君

“明けることのない夜に惑える私の心は 夢か現実かもわかりません”

と、またキザな歌を送っています。

この明石の君、田舎の娘にしては気品があり背も高く、六条御息所にも似たタイプで、源氏はもうメロメロです。それにしてもかわいそうなのは都でひたすら待っている紫の上です。

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2008年7月17日 (木)

源氏物語(須磨)

弘徽殿の大后(こきでんのおおきさき)に朧月夜との密会が見つかってしまい、官位も剥奪され、流罪も免れない状況になった光源氏は自ら須磨に退去することを決意します。須磨といえば今の神戸市、京都からは目と鼻の先のリゾート海岸で水族館もあるし(私はいったことないのですが)楽しそうですが、この時代ではそうはいきません、島流しです。
あんまり島流しというと、須磨に住んでる方にはしかられそうですが、私の住んでる金沢あたりでも十分島流しだったでしょうね^^;

ともかく都を離れることになると、別れなければならない彼女達は大変です。中でも紫の上との別れはほんとに悲しい場面になります。

「生ける世の別れを知らで契りつつ 命を人に限りけるかな」光源氏
“生き別れなどというものがあるとは知りませんでした。命のある限り一緒にいられると思っていたのに”

「惜しからぬ命にかへて目の前の 別れをしばしとどめてしがな」紫の上
”私の惜しくない命に代えても、この別れを少しでも引き伸ばしたい”

と、私なりに訳してみました。紫の上は、けなげにももう少し一緒にいられるのなら死んでもいいと言っています。
さすがの光源氏もこの別れはつらいものだったと思います。

この場面も、朗読するにはいいところです・・・norikoさん、よろしく!

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2008年7月11日 (金)

源氏物語(花散里)

葵、賢木の帖では、怨霊は出てくるは、藤壺は出家してしまうは、朧月夜との密会も見つかってしまうしと、大事件が続きましたが、この花散里の帖はチョット一息つくところです。この後はまた須磨・明石と大変なことになって行きますので・・・、

「橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞ訪ふ」光源氏

「たちばなのかをなつかしみほととぎす はなちるさとをたづねてぞとふ」

こういう歌は、仮名で書いて声に出してみると味わいがあります。“橘の香りを懐かしんで来たほととぎすのように、私も橘の花の散るこの里を訪ねてきました。”

“はなちるさと”という響きもいいですね。

この歌は故・桐壺院の女御・麗景殿(れいけいでん)を久しぶりに訪ねて送ったものです。源氏はその後、妹の三の君を訪ね、この君が後に花散里の君と呼ばれます。

うちのカミさんが源氏物語占いをしたら、「花散里と出たんだけど花散里ってどんな人?」と聞くのですが、「ん~~~一言ではいえないよな~」としか答えられないほど、物語では詳しく書かれていないのですが、源氏から見ると、一番頼りにしているというか、そばにいるとホッとするような女性だったようで、後に玉蔓や夕霧の娘の養育をまかされたり、六条院にも迎えられたりして手厚い待遇を受けます。

なんとなく雰囲気は伝わってきますが、うちのカミさんが花散里・・・??

http://www.genjidaigaku.jp/uranai/index.asp

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2008年7月 9日 (水)

源氏物語(賢木)2

この賢木(さかき)の帖ではいろいろなことがおこります。六条御息所の伊勢への旅立ちに始まって、次は藤壺の中宮が突然出家します。

藤壺は夫である帝の実の息子源氏の子を産み、その子がまた源氏に瓜二つであるという現実に耐えかねたのか、誰にも相談せず出家を決意します。いくら源氏でも出家した相手とはもう男女の仲ではいられません。

御息所に続いて藤壺までも離れていってしまい源氏もかなりショックをうけたようです。

「月のすむ雲居をかけてしたふとも この世の闇になほやまどはむ」光源氏

あきらめきれない源氏は藤壺にこんな歌を送り、“澄んだ世界に憧れようとも、この世の闇に惑うこともあるでしょう?”と未練がましいことを言っていますが藤壺の決意は変わりません。

この頃の源氏はいいことがありません、それにこの後、朧月夜の君との密会が右大臣に見つかってしまいます。右大臣は朧月夜の父、日頃から源氏を目の敵にしている弘徽殿の大后(おおきさき)は姉。これは最悪の状況です。

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2008年7月 4日 (金)

源氏物語(賢木)

はからずも生霊となって葵上に獲りついてしまった六条御息所は、斎宮に命ぜられた娘と共に伊勢へ下る決意をします。そんな御息所ですが源氏はさすがに気になり伊勢へ立つ直前に野々宮を訪ねます。
源氏と年上の御息所がかわす和歌は大人の恋というか、いい場面です。
「野宮」という能はこの場面からきています。この中でも御息所は怨霊で登場するようですが、御息所のファンとしてはなんだかかわいそうな・・・

一夜を明かした源氏と御息所が分かれるかなしい場面です。

「暁のわかれはいつも露けきを こは世に知らぬ秋の空かな」光源氏
あなたとの別れはいつも涙で濡れていたが、今朝こそは今までになく悲しい朝です。

「おほかたの秋の別れもかなしきに 鳴く音な添へそ野辺の松虫」六条御息所
たいがい秋の別れというものは悲しいものですが、野辺の虫もお願いだからさらに鳴かないでください。

京都嵯峨野のうっそうとした竹林の静寂がこの場面を盛り上げます。

昨年、行ってきましたがゴールデンウィークだったため歩けないほどの人ごみで、うようよいるギャルに混じって家内と縁結びのおみくじを引いてきました。
くれぐれもゴールデンウィークにはいかないように!

Nonomiya
静かな竹林の写真を撮りたかったんですが、なにしろ山のようにいるギャルと人力車まで走っているという状態でこんな写真しかありませんdespair

どなたかいい写真お持ちじゃないですかー

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2008年7月 2日 (水)

源氏物語(葵)2

六条御息所の怨霊で少しは懲りたのか、光源氏はあちこちの女性の所へかようのはさすがにひかえていたのですが、そのかわり・・・? 自分のところに連れてきていた紫の上と初めて男女の仲になってしまいます。この時源氏は22才、紫の上は14才。
突然のことに紫の上は大ショックで寝込んでしまい、源氏は枕元に歌を書いて置いておきます。

「あやなくも隔てけるかな夜をかさね さすがに馴れし夜の衣を」光源氏

なんとなく意味不明なあやしい歌ですが、“あやなくも”は“どうしてだか”、“さすがに”は“やはり”と古語辞典には書いてありますので、
どうしてだかこれまでは何もしない夜を重ねてきて、もう夜の添い寝には慣れたでしょう。とでも訳せばいいのかな?ちょっと意味不明ですが、源氏はこれが普通なんだよとでもいいたかったのでしょうか。

それからしばらくは口も利いてもらえず、なだめすかすのに大変だったようですが、そんなところがまたかわいい、などとのんきなことを言っている源氏です。

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2008年6月26日 (木)

源氏物語(葵)

いよいよ六条御息所(六条のみやすどころ)の怨霊登場です。待ってました!というわけではないのですが好きなところです。

六条御息所は光源氏から冷たくされ、それでも賀茂の祭りのパレードに出る源氏を一目見ようと出かけると、葵上(あおいのうえ)の車に押しのけられて、車を壊されひどいめにあってしまいます。あまりのくやしさに生き霊となって身重の葵の上にとりつき、源氏にせまります。葵の上を救おうと、僧や修験者などがものすごい加持祈祷をするなかで、怨霊が現れる壮絶な場面です。

「嘆きわび空に乱るるわが魂(たま)を 結びとどめよしたがひのつま」葵の上(実は六条御息所の生き霊)

嘆き悲しんで空にさまよっている私の魂を、なんとかつなぎとめておいて下さい、という意味です。“したがひのつま”は着物の下前の褄(つま)のことで、といっても私もよく知らなかったのですが、家内に聞いたところ裾の部分の内側になっているところの端の方だとか、

これがなぜ怨霊に関係あるかというと、この時代には下前の褄を結ぶと、魂が戻るという言い伝えがあったそうで、御息所も自分の魂をなんとかしてほしいと、源氏に言いよったのでしょうね。

自分でも気がつかない内に生き霊となってしまう御息所は、なんとなく哀れで同情してしまいます。源氏物語に出てくる女性の人気投票では、この御息所は結構上位に入るそうですが、私も好きなタイプです。ちょっとこわいけど・・・

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2008年6月22日 (日)

源氏物語(花宴)

源氏物語(花宴)

さて、光源氏と頭中将が舞った華やかな宴も終わり、夜も更けました。弘徽殿のあたりにこっそりひそんでいた源氏は、若い女の「おぼろづきよに~にるものぞなき~」と口ずさむ声を聞いて、突然その女の袖を引っ張り一夜を明かしてしまいます。
この女性が朧月夜の君。実は日頃から源氏のことをよく思っていない弘徽殿の女御の娘で、後々大変なことに・・・。

このとき朧月夜の君が歌っていたのが、
「照りもせずくもりもはてぬ春の夜の おぼろ月夜にしくものぞなき」大江千里・新古今集

この歌は紫式部が作った歌ではなく大江千里(おおえのちさと)の歌です。春の夜の、明々と照っているのでもなく、曇っているのでもなく、おぼろな月にまさるものはない、という意味です。この場面にピッタリですね。
紫式部は「しくものぞなき」を「にるものぞなき」と少しやわらかい口調に変えています。

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2008年6月 7日 (土)

源氏物語(紅葉賀)

物語が前後しますが、末摘花の次の帖です。
光源氏と頭中将(とうのちゅうじょう)が帝と藤壺の宮の前で「青海波(せいがいは)」という舞楽を舞います。源氏の舞はこの世のものとは思えない美しさでした。実はこの時藤壺の宮は源氏との密通で懐妊しています。源氏は平静ですが、藤壺のほうははらはらものです。

「もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の 袖うち振りし心知りきや」光源氏

あなたのことを思って舞うこともできないほどなのに、あなたはこの心を知っていますか。と、藤壺に歌を送りますが、

「から人の袖振ることは遠けれど 立ち居につけてあはれとは見き」藤壺

藤壺のほうは、帝に気づかれては大変と、ありきたりの歌を返します。
唐の人が舞ったとは聞きますが、あなたの舞はすばらしいものでした、というような意味です。
冷静なようですが、本当の夫である帝と、愛する源氏を前にして心の中はどんなだったんでしょうか?それにお腹には源氏の子が・・・

イラストは例によってアゲマキさん作です。したたかで美しい源氏の雰囲気がよく出ていますね。

Mono

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2008年6月 5日 (木)

源氏物語(蓬生)

少し飛んで、源氏が末摘花を訪ねる場面です。長い間、訪ねなかった屋敷には、蓬(よもぎ)が深く生い茂り、付き人も老女一人を残して誰もいなくなり、屋敷もボロボロという状態ですが、源氏はそれを知って、自ら雨の中、草をかき分け進んでいこうとします。従者の惟光(これみつ)はあわてて源氏の前を棒で草をかき分けながら進みます。光源氏が服の裾を濡らしながら草むらの中に入っていくというのは、高貴な身分であることを考えると信じられない光景です。

「たづねてもわれこそとはめ道もなく 深き蓬のもとの心を」光源氏

“みずからでも訪ねていって問おう、深い蓬にうもれていたあなたの深い心を”

この後、源氏はたいそう手厚く気遣いし、屋敷を修理したり、贈り物をしたりし、そして二条東院へ招き入れます。末摘花をバカにして去っていった従者たちは恥ずかしい思いをして帰ってくるということになります。
このあたり、やりたい放題の光源氏もこういうけなげな女性は大事にするという面もあり、感動的なシーンです。
写真は国宝源氏物語絵巻の復元模写の一部です。

源氏が蓬の中を分け入っていく姿が描かれています。

Yomogiu

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2008年6月 3日 (火)

源氏物語(末摘花)

会ったこともない女性に心惹かれてしまう、というのはこの時代の常であったらしいのですが、それにしても一夜を過ごした後に初めて顔を見た、というのですから今では考えられないですね。

それでこの末摘花の姫君、あくる朝、顔をみてみるとなんと大変な不細工。すごいこと書いてあります。座高が高い・顔が長い・鼻が長い・鼻の先が赤い・・・!

光源氏はガッカリして、この歌を詠みました。

「なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖にふれけむ」光源氏

“すゑつむ花”とは紅花のことで姫君の鼻とかけています。“なつかしき”は心ひかれるという意味ですから、「心ひかれたわけでもないのに、なんでこんな女の袖にふれてしまったんだ」、という失礼な歌です。

でもこの後長い間忘れられていた姫君はずっと待ち続け、そこを訪ねた源氏は、その後ずっとこの姫君を大事に扱い、結局とても幸せな人生を送ることになります。女性は器量ではないと、紫式部はいいたかったのかな。

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2008年5月28日 (水)

源氏物語(若紫)2

若紫の帖には、幼い若紫をさらってくる場面と、もうひとつ源氏物語の中でも最も危ないところじゃないかと思う場面がありまして、それが藤壺の中宮と関係を持ってしまうというところです。

以前にも紹介しましたが、「アゲマキ」さんの美しいイラストとともに再度紹介いたします。

では、物語の中でも一番きわどいかなと思うような場面。光源氏が父である帝のお后、藤壺の中宮と関係を持ってしまいます。

「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに やがて紛るる我が身ともがな」光源氏

また逢うこともないのだから、いっそ夢の中に入って消えてしまいたい。というようなロマンチックな歌です。それに返した藤壺の歌が、

「よ語りに人や伝へん たぐひなく憂き身を 醒めぬ夢になしても」藤壺中宮

夢の中に消し去ってしまっても、人のうわさになったら・・・という歌です。藤壺の方はハラハラもので、もう大変です。

Mite

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2008年5月25日 (日)

源氏物語(若紫)1

日ごろの行いがたたったのか、光源氏は“わらわ病み”という病気にかかります。今で言うマラリアのような病気らしいです。

その治療に、治療といっても加持祈祷で治すというものですが、そのために京都郊外の北山のほうにこもります。そこで転んでもただでは起きない光源氏は10才の女の子に目をつけ、なんとさらってきてしまいます。この女の子が将来の紫の上です。

源氏は10才の女の子にも和歌を送ります。

「おもかげは身をも離れず山桜 心の限りとめて来しかど」光源氏

“山桜の花のようなあなたの面影が私から離れないので、心のすべてをそちらに残してきたのですが・・・”という意味かと思います。今なら小学生ですが、こんな歌を送られたら・・・。

それにしても、夕顔の姫君を死なせてしまったばかりというのに、今度は子供にまで手を出してしまいます。うらやましい・・・じゃなくて、困ったものです。

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2008年5月22日 (木)

源氏物語(夕顔)

ますます好き放題の源氏は、夕顔を誘い出し隠れ家で1日過ごします。が、なんとその夜夕顔は物の怪に襲われて命を落としてしまします。

「見し人のけぶりを雲と眺むれば 夕(ゆうべ)の空もむつましきかな」光源氏

“けぶり”は夕顔を火葬にしたときの煙。“むつまし”は慕わしいとかなつかしいという意味。
三省堂の古語辞典にこの歌の訳が載っていました。

“かつて契りを結んだ人を火葬にした煙があの雲かと思って眺めていると、この夕方の空も慕わしいことよ。”

古語辞典はパラパラめくっているだけで結構おもしろいです。最近ブックオフで新しいのを買ったのですが、ほとんど新品の物が半額くらいでいっぱい置いてありました。買っても一度も開かないという高校生なんかも多いのかな。

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2008年5月20日 (火)

源氏物語(空蝉)

さて光源氏につきまとわれていた空蝉ですが、継娘と二人で寝ているところへ源氏がしのんできたので、とっさに別室へ逃げました。源氏はすぐに気づきましたがもう後には引けず継娘の方と一夜を共にしてしまいます。
翌朝、空蝉の残していった薄衣を持ち帰りこの歌を詠みます。

「空蝉の身をかへてける木のもとに なお人がらのなつかしきかな」光源氏

未練たらたらの歌です。源氏がふられたのはこれが初めてのようですが、まだまだ懲りません。

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2008年5月19日 (月)

源氏物語(帚木)

では、源氏物語の和歌をまた読んでいきたいと思います。
物語全部を原文で読むのは大変ですが、和歌だけでも原文のよさが味わえますね。

源氏物語第二帖は「帚木(ははきぎ)」源氏はこのとき17才、早くもお后を迎え、この時代ではもう大人です。

頭の中将らと女性について言いたい放題、好きなことを言っています。これが有名な「雨夜の品定め」物語には出てきませんが、このあたりでもう帝の新しいお后である藤壺の宮と会っていたのではという節があります。

この後、空蝉のところへ行き嫌がるのを無理やり犯します。あくる朝、空蝉がショックの中で読んだのが次の歌です。

「身の憂さを嘆くにあかであくる夜は とり重ねてぞ音も泣かれける」空蝉

情けない我が身を嘆いて夜を明かした朝は、鳥の声も私の鳴く声に重なって聞こえます。というような意味です。

源氏は全く懲りず、これが品定めのとき言っていた中流の女の掘り出し物か・・・などといい気なものです。
かわいそうなのは空蝉でこの後も源氏にストーカーされ続けます。

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2008年5月15日 (木)

源氏物語(桐壺)

今年は源氏物語が書かれて千年、よく読んでみるとなかなかにすばらしい小説です。ということが最近になってやっとわかって来たような感じです。今年は出来る限り源氏物語ゆかりの地を訪ね、また読み返してみたいと思っております。できれば原文も・・・^^;
このブログでは和歌を中心に源氏物語を読んでいきたいと思います。
800首あまりある中の1番初めの和歌は、桐壺の更衣がいじめを受け、それがもとで死にそうになりながら帝に対して読んだ歌です。

「限りとて別るる道の悲しきに いかまほしきは命なりけり」

もう、この世ともあなたともお別れしなければなりませんが、なんとかもっと命をながらえることはできないでしょうか。という最高に悲しい歌から源氏物語は始まります。
もう次はどうなるのかと心配になってきますね。このへんはさすが紫式部です。

ここから長い長い悲劇が始まっていきます。
この時源氏は3才です。まだ母親が死んだということの実感はないようですが、このあと母親の面影をずっと追っていくんですね。

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2007年11月12日 (月)

源氏物語(若紫)

源氏物語の中には795首の和歌がちりばめられています。もちろん全部が紫式部の作なのですが、その場面ごとの登場人物か読んだように書き分けてあり、物語を読み進めていくと本当にその人物が実在して和歌を読んだかのような錯覚に陥いるくらいすばらしいものです。

では、物語の中でも一番きわどいかなと思うような場面。光源氏が父である帝のお后、藤壺と関係を持ってしまいます。

「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに やがて紛るる我が身ともがな」光源氏

また逢うこともないのだから、いっそ夢の中に入って消えてしまいたい。というようなロマンチックな歌です。それに返した藤壺の歌が、

「よ語りに人や伝へん たぐひなく憂き身を 醒めぬ夢になしても」藤壺

夢の中に消し去ってしまっても、人のうわさになったら・・・という歌です。

このとき光源氏は18才、これと同時期に将来最愛の妻となる若紫をさらってきています。このとき若紫はまだ10才の子供です。

このあたりの光源氏はやりたい放題で、読んでいる方としてもこの後どうなるのか興味津々なところです。

この場面のすてきなイラストがありますので紹介しておきます。作者は「アゲマキ」さん。いつもホームページで使わせていただいています。

Photo_2

和歌の総角(あげまき) http://waka.or.tv/

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