朗読

2009年10月16日 (金)

伊勢物語朗読「第百七段」

 昔、あてなる男ありけり。その男のもとなりける人を、内記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり、 されど若ければ、文もをさをさしからず、ことばもいひ知らず、 いはむや歌はよまざりければ、かのあるじなる人、案を書きて、書かせてやりけり。めでまどひにけり。 さて男のよめる、

  つれづれのながめにまさる涙河 袖のみひぢて逢ふよしもなし

返し、例の男、女にかはりて、

  あさみこそ袖はひづらめ涙河 身さへながると聞かばたのまむ

といへりければ、男いといとうめでて今までまきて文箱に入れてありとなむいふなる。
男文おこせたり。えてのちの事なりけり。「雨の降りぬべきになむ見わづらひ侍る。身さいはひあらばこの雨は降らじ」といへりければ、例の男、女にかはりてよみてやらす。

  かずかずに思ひ思はずとひがたみ 身をしる雨はふりぞまされる

とよみてやれりければ、蓑も笠もとりあへでしとどに濡れてまどひ来にけり。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月 4日 (金)

朗読公演のお知らせ

金沢市の「朗読小屋 浅野川倶楽部」の秋公演のお知らせです。

9月1日~13日まで、もう始まっていますが、
うちのnorikoさんの出番は12日の夜です。
今回は三島由紀夫の作品を朗読するそうです。

入場無料ですのでぜひおいでください。

詳しくは浅野川倶楽部のホームページまで
http://asanogawaclub.web.fc2.com/

Asanogawa

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年5月30日 (土)

伊勢物語朗読「第九段」その三

猶行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。
その河のほとりにむれゐて思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわびあへるに、渡守、
「はや舟に乗れ、日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らむとするに、皆人物わびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。
渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」といふをききて、

「名にし負はばいざこととはむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年5月19日 (火)

伊勢物語朗読「第九段」その二

行き行きて、駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つた、かえでは茂り、物心ぼそく、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり。
「かかるみちはいかでかいまする」、
といふを見れば見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。

「駿河なる宇津の山べのうつつにも 夢にも人にあはぬなりけり」

富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白うふれり。

「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか 鹿の子まだらに雪のふるらむ」

その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月13日 (水)

伊勢物語朗読「第九段」その一

第九段の初めの部分、「かきつばた」の歌を詠むところです。
原文を載せておきます。

----------

むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、あづまの方にすむべきくにもとめにとてゆきけり。もとより友とする人、ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。

三河のくに、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つわたせるによりてなむ、八橋とはいひける。その沢のほとりの木のかげにおりゐて、乾飯くひけり。その沢にかきつばたいとおもしろくさきたり。

それを見て、ある人のいはく、かきつばたといふ五文字を句の上にすへて、旅の心をよめ、といひければよめる。

「から衣きつゝなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ」

とよめりければ、みなひと、乾飯の上に涙おとしてほとびにけり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月29日 (日)

伊勢物語朗読「第二十四段」

三年間夫が戻ってこなかったので新しい夫を迎えた。
ところが新しい夫と結婚したその日に前の夫が帰ってきたという話。

原文はホームページに載せてあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

伊勢物語朗読「第六十段」

昔、男ありけり。宮仕へいそがしく心もまめならざりけるほどの家刀自、まめに思はむといふ人につきて人の国へいにけり。この男宇佐の使にていきけるに、ある国の祇承の官人の妻にてなむあるとききて、「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、かはらけとりて出したりけるに、さかななりける橘をとりて、

 「五月まつ花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」

といひけるにぞ思ひ出でて、尼になりて山に入りてぞありける。

※家刀自(いえとうじ)=主婦
 祇承の官人(しぞうのかんにん)=地方の役人

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 6日 (金)

伊勢物語朗読:第二十三段後半

 さて、年ごろ 経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国、高安の郡に、行き通ふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、男異心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて、前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女いとよう化粧じてうちながめて、

 「風吹けば沖つ白波 たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ」

とよみけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて河内へもいかずなりにけり。
 まれまれかの高安に来て見れば、初めこそ心にくくもつくりけれ、今はうちとけて、手づから飯匙とりて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、心憂がりて、行かずなりにけり。さりければ、かの女、大和の方を見やりて、

 「君があたり見つつを居らむ生駒山雲な隠しそ雨は降るとも」

と言ひて見いだすに、からうじて大和人、「来む。」と言へり。よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば、

 「君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ経る」

と言ひけれど、男住まずなりにけり。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月 1日 (日)

伊勢物語朗読「第二十三段」

伊勢物語二十三段の前半です。原文を載せておきます。

[原文]

 昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男は「この女をこそ得め。」と思ふ。 女は「この男を。」と思ひつつ、親のあはすれども聞かでなむありける。
 さて、この隣の男のもとより、かくなむ、

 「筒井つの井筒にかけし まろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに」

女、返し、

 「くらべこし振り分け髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき」

など言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

伊勢物語朗読「第四段」

「月やあらぬ春や昔の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして」

この和歌が出てくるところです。
梅の花が咲くころ、月をながめて愕然としている男です。

記事の方も参考にしてください。
http://wakaotazunete.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-fdf2.html

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)