伊勢物語

2011年4月12日 (火)

伊勢物語第八十二段 「桜」

震災から一ヵ月、まだまだ被災された方の厳しい状況は続いています。お花見宴会で浮かれるような気分ではありませんが、こんな時こそおだやかに花を眺める気持ちは大切かもしれません。

伊勢物語から、桜の木の下で歌を詠む場面です。

第八十二段から抜粋です、

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その木のもとにおりゐて、枝を折りてかざしにさして、上中下(かみなかしも)みな歌よみけり。
馬の頭(うまのかみ)なりける人のよめる、

 「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」

となむよみたりける。又人の歌、

 「散ればこそいとど桜はめでたけれ うき世になにか久しかるべき」

とてその木のもとはたちてかへるに、日ぐれになりぬ。

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おおまかな意味は、

“桜の木の下で馬を下り、枝を折って冠の飾りにし、身分の高い人も低い人もみんなで歌を詠んだ。
馬の頭が詠んだ歌

 「世の中に桜の木が全くなかったら、春の心はもっとのどかだったろうに」

他の人は

 「散るからこそ桜はすばらしい。この世にいつまでも変わらないものがあるだろうか」
といってその木のところから帰ると、日暮れになった。”

となります。

この2首は、桜の花をちょっと違った角度から詠んだ歌ですがどちらも素晴らしい歌です。
この時代背景もあるのでしょうが、藤原氏全盛の世を皮肉っているのかもしれません。
桜が咲くとなんとなく感傷的になってしまいます。

写真は近所の用水沿いの桜、今日は満開です。ほとんど人もいなくてちょっぴりさびしい桜です。

Sakura1

Sakura2

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2011年3月 5日 (土)

伊勢物語 第百二十一段 「鶯の」

春の気配がしたかと思ったら、また雪が降ってきました。
北陸の春はまだ遠いようです。
せめて春らしくということで、このブログの今月の歌は伊勢物語の「春やあらぬ・・・」の歌にしてみました。
今回は伊勢物語の中の鶯の和歌です。下の4行が第121段の全文です。

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 昔、男 梅壺より雨にぬれて人のまかり出づるを見て、

 「鶯の花をぬふてふ笠もがな ぬるめる人にきせてかへさむ」

 返し、

 「鶯の花をぬふてふ笠はいな おもひをつけよほしてかへさむ」
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男は宮中の梅壺から女の人が雨に濡れて出てくるのを見つけました。
すかさず和歌を送ります。
『御嬢さん!鶯が梅の花を縫って作るという笠があればなぁ、あなたにかぶせて帰してあげたい!』
なんというキザな歌でしょう。私だったらぶっ飛ばされているかもしれませんが、そこはイケメンの業平さんですから、

女のほうも和歌を返します。
『鶯が梅の花を縫って作るという笠はいりません、あなたの思いで火をつけて私の衣を乾かして帰してくださいな」
「おもひ」は思いと火をかけています。

このあとどうなったのかは書いてありませんがなかなかすてきなやりとりですね。でも軽くあしらわれたような気もしますが・・・

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2010年5月18日 (火)

伊勢物語第四十一段

昔、女はらから二人ありけり。一人はいやしき男の貧しき、一人はあてなる男もたりけり。
いやしき男もたる、しはすのつごもりにうへのきぬを洗ひて手づから張りけり。心ざしはいたしけれど、さるいやしきわざもならはざりければ、うへのきぬの肩を張り破りてけり。せむ方もなくてただ泣きけり。これをかのあてなる男ききて、いと心ぐるしかりければ、いときよらなる緑杉のうへのきぬを見出でてやるとて、

 紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける

武蔵野の心なるべし。

-----ここまでが原文-----

伊勢物語の第四十一段です。

「女はらから」というのは姉妹のこと、
一人は身分の低い男と、もう一人は身分が高い男と結婚した。
身分の低い男と結婚した女が、男の衣を洗濯していて破いてしまった。代わりもなく泣いていると、それを聞いた身分の高いほうの男がかわいそうに思い、新しい服を送った。
その衣には、相手を気遣って「武蔵野の草木はみな同じです」というような意味の和歌が添えてあった。
というほのぼのとした話です。

女は結婚相手によってかなり人生が変わりますが、身分だけではありません。
でも、やっぱりお金持ちと結婚したほうがいいと思いますかねぇ・・・
貧乏な私には何も言えませんが・・・

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2010年5月17日 (月)

かきつばた

この時期になると兼六園へカキツバタを見に行きます。
なかなか見事でしたが、もう少し後のほうがよかったかもしれません。

でも、天気も良かったし、休日で県民は無料だったし^^;

和歌はもちろん伊勢物語のこの歌、

「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」 在原業平

詳しくはこちらの記事をお読みください。

Kakitubata

今月の和歌の背景もこの写真にしてみました。

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2009年10月17日 (土)

伊勢物語「第百一段」:その場の空気が・・・

前に紹介した中納言行平(在原行平)も、伊勢物語に登場します。

第百一段は行平さんの家でのお話です。

行平さんの家においしい酒があるということで、藤原良近(まさちか)というお役人を招待して宴会を開くことになりました。なんといってもこの時代に絶大なる力をもっている藤原氏です。
集まった人たちはなんとかこのお役人にきにいられて出世でもできないかと必死です。

花瓶には一メートル以上もあるるようなりっぱな藤の花が差してあります。なんといっても藤原氏ですから。

そこに現れたのが行平さんの弟、ご存じ在原業平。役人はこの和歌の名人に歌を読めといいます。
日頃から藤原氏にはいい感情を持っていない業平さんは、かたくなにこばみます。
「私なんか歌の読み方もしりませんので・・・」

それでも無理やり読めというので

「咲く花の下にかくるる人を多み ありしにまさる藤のかげかも」

という歌を読みました。

“咲く花のしたにお世話になっている人が多くいるので 今よりもまして藤の花かげがますます大きく見えます。”
という意味ですが、“ありし”は在原にかけているともてれるし、なにかイヤミったらしく聞こえます。

そこにいた人が、どうしてそう詠んだのかと聞くと、「藤原氏がますます栄えるようにと読んだのですよ」と業平さんは、しらじらしく答えましたが、
どうも気まずい空気が流れたようで一同シーンとなってしまい、これ以上歌の話題にはだれも触れませんでした。

その後の宴会はどうなったのかは書いてありませんが、藤原氏の役人もしてやられたという感じで業平さんはさすがに一枚上手だったようです。

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2009年10月12日 (月)

伊勢物語「第百七段」:代筆

ここのところ百人一首を紹介しておりますが、中納言行平、藤原敏行などは伊勢物語にも登場しております。

ということで伊勢物語の第107段。

藤原敏行さんのお話です。
「昔、あてなる男ありけり」で始まりますが、その男とは例の在原業平さん。
その家にいた若い娘を藤原敏行さんがすきになり歌を詠んで送りました。

でもその女は若くて歌も上手に書けないのでそこの主人が代わりに書いてやりました。ラブレターの代筆みたいなものですが、代筆したのがなにせあの業平さんですから、みごとな歌になります。

「つれづれのながめにまさる涙河 袖のみひぢて逢うよしもなし」
“あなたのことを思っていると長雨のときの川よりも多いほど、私の涙で袖が濡れて、あなたに逢うこともできません”

「あさみこそ袖はひづらめ涙河 身さへながると聞かばたのまむ」
“涙の川も浅いので袖がぬれるくらいなのでしょう。体ごと流されるくらいならあなたの思いを聞いてもいいですよ”

と、みごとな歌を返します。業平さんの代筆ですから当然です。

男は代筆とはきづかず、めでたく一夜を共にします。

その後の雨の日に男が女のところへいこうかどうか迷っていると、またも業平さんの代筆で、

「かずかずに思ひ思わずとひがたみ 身をしる雨はふるぞまされる」
“私を思ってくださっているのか聞くことはできませんが、この雨だけが私の気持ちを知っています”

と、またまたみごとな歌を送ったので、敏行さんは蓑も笠もつけず大急ぎでびしょ濡れになってやってきました。こんな歌を送られたら彼女の元へ走らずにはいられませんよね。

敏行さんは代筆とも知らず、かわいそうな気もしますが、めでたく結ばれたので、まぁいっか。
サイドバーのおすすめの和歌は敏行さんの歌に替えました。

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2009年7月18日 (土)

伊勢物語「第九十五段」:彦星

伊勢物語はどこから読んでも楽しめます。物語もこの男の一生をほぼ追っているようですが、あまり気にしなくてもいいようなところもあります。

前回紹介した第10段は、恋に破れた男が旅に出て、性懲りもなく他の女に手を出すという話ですが、す~っと後に飛んで第95段では、またもあの藤原の高子姫が登場します。男が背負って逃げて、途中で鬼に食われてしまったというあのお姫様です。

男は二条の后(藤原高子)にしつこくいいよります。あまりの熱心さに几帳越しに会うことにします。
男はこのチャンスを逃すまいと歌を詠みます。

「彦星に恋はまさりぬ天の河 へだつる関を今はやめてよ」

“織姫を思う彦星よりも私の恋はまさっているのですよ 天の川のようなそのすだれはどけてください”

「やめてよ」はオカマ風に「やめてヨー」と言っているのではなくて、古文の命令形です。

この歌にコロッとまいってしまった高子姫は、
「この歌にめでてあひにけり」
で、この段は終わっているので、あとは想像におまかせします。

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2009年7月 7日 (火)

伊勢物語「第十段」

ひさしぶりに伊勢物語に戻ります。
恋に疲れて都から東の国へ旅に出た男ははるばる隅田川まできて、都を思い涙したというのが第九段。
そして男はさらに武蔵の国までたどりつきそこで女に求婚します。

なんで?

恋に疲れて旅に出たはずの男は、またまた悪い癖が出て性懲りもなく女に手を出そうとします。しかし、その女の父親はあまり興味を示さないようなのですが、母親は積極的です。

なんと母親が娘に代わって歌を詠みます。お母様は実はあの有名な藤原氏の出身で身分の高い男と見ると必死です。お父さんはごく普通の人で、娘を手放すのも嫌なのか、積極的ではありません。

「みよし野のたのむの雁もひたぶるに 君が方にぞよると鳴くなる」
“みよし野の田の面の雁が飛んでいくように あなたの方に心を寄せています”

母親が読んだ歌を送られた男は、がっくりした(とは書いてありませんが)、いちおう返歌を送ります。

「わが方によると鳴くなるみよし野の たのむの雁をいつか忘れむ」
“私のほうに心を寄せているという娘さんを どうして忘れることが出来ましょうか”

なにか心のこもっていないような・・・、
さてどんどん都から離れ旅する男(在原業平さん?)はいったいどこまでいくのでしょうか。

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2009年5月25日 (月)

伊勢物語「第九段」その三

この第九段は都(京都)から東京まで来てしまいますので、伊勢物語にしては長い段です。
都を遠く離れ一行ははるばる隅田川までやってきました。

そこで見かけない鳥がいるので、渡し船の船頭に聞いたところ「都鳥」だという。そこで一首詠みました。

「名にし負はばいざこととはむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」
“都鳥という名前なのなら聞いてみよう 都のあのいとしい人は無事にくらしているだろうか”

都鳥とはユリカモメのことらしいです。
何を見ても都の彼女が思い出されるといったところでしょうか。
この時代にここまで来たことを思うと、この歌はジンときますね。

写真は都鳥ではなくて、うちの裏にいるカルガモです。

Kamo2

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2009年5月18日 (月)

伊勢物語「第九段」その二

東の方へ旅立ち、かきつばたの歌で涙を流した一行は、駿河の国までやってきました。
宇津の山のあたりの寂しいところまで来たところで知人の修業者と会い、都への手紙に歌を書いて託します。

「駿河なる宇津の山べのうつつにも 夢にも人にあはぬなりけり」

“うつつ”は夢かうつつかのうつつですが宇津の山にかけてあり、なかなか凝った歌です。
いとしい人は夢の中にも出てこないという内容です。

しかしこれをいったい都の誰に送ったのか、興味がありますね。
あの駆け落ちしようとした高子様には届くとも思えないし、ほかに思っている人でもいるのでしょうか?

もう少し進んで富士山の見えるところまできるともう一首詠みます。

「時しらぬ山は富士の嶺いつとてか 鹿の子まだらに雪の降るらむ」
“夏だというのに富士の嶺には、まだら模様に雪が積もっています”

都からはるばる旅してきて富士山を見て感動したのでしょうね、
この後には比叡山を二十ばかり積み上げた高さだと書いてあるので、よっぽど高く見えたのでしょう。
比叡山は848メートルなので×20で16960メートル!

わたしも東京へ行くときの新幹線の窓から見る富士山には今でも感動しますが。

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